第30話 人生とは


「おい、鈴木には連絡入れてんのか~!

 アイツ、有名人なんだろ~?

 俺らみたいなのが会えるのか~?」

うるせぇよ。

お前が、鈴木を語るんじゃあない。

班長が耳障りなだみ声で、悪態をつく。


俺だって、このまえ、久しぶりに鈴木に会ったんだ。

お前みたいな損得勘定でしか動かん奴が、偉そうに何をいう。


久しぶりに会った鈴木は、骨と皮だけの様相だった。

会った瞬間に食い物を口の中に押し込んでやりたい気持ちでいっぱいになったが、その後のコトバで気持ちが変わった。


アイツは、このクソったれなくらいに窮屈な時代の中で、カミさんを手に入れ、そして、自らの作家という夢を勝ち取った。


俺らみたいなゴミのようなヤツでも、希望を持ってイイと言われているような気がした。


ずいぶん昔に、理想を語った女三島由紀夫がいた。

アノときは、社会に、自分に、そして世界に失望していたからこそ、理想論を掲げる姿に虫唾が走った。


だが、今になって思う。

勝手に自分の人生を諦めて、何もしないことを選択しているのは俺たちなのではないか?と。


オトナが、人生を諦め、そして、ただただ漫然と毎日を過ごす。

そんな姿を見る子どもたちにはどう思うだろうか?


俺みたいな、バカでもわかる。

小利口に生き、そして、一回の失敗で人生そのものを投げ打つ。

そんな、ガキどもにしっかりと、

「失敗しても、どうにかなるもんだ」

と、言ってあげるのが俺たちオトナなんじゃあないか。


「あなたは、今を『ちゃんと』生きていますか……?」

あの女三島由紀夫は、閉塞した考えに侵された日本に対して、問いかけをしていたのではないか?

……今なら、そう思う。


「へっへ……、佐藤さんの極西への移籍の話し、鈴木さんが聞いたらびっくりしますよ~。

 ゴミ業界の在り方を変えるって、マジでやりそうっすよね~」

梶がニヤケ顔で言う。

お前だって、役所から引き抜きが来ているって班長から聞いている。

こういうところにも、鈴木の刺激が届いているらしい。


「鈴木や佐藤のおかげで、うちもゴミ業界では、それなりの地位についてきたしなぁ……」

班長が、呟く。

そういうコトバをこれまで、もっと頻繁に伝えるべきだったろう。

だから、離職するニンゲンが絶えないんだよ……。

苦々しく、独り言ちる。


「おっと! ココでしたよね~!

 確か、三〇一号室っすよね~!!」

梶はあからさまに自分の気持ちが抑えられないらしい。

まあ、若いっていうのは、そういうことだ。


「あれ、鍵、空いてるっすよ。

 すみませ~ん。

 しつれいしま~す」

梶が無遠慮にノブを回し、部屋の中に入っていく。

遠目からだが、室内が暗い気がする。


「ひ、ひぃぃ~~~!!!」

梶の声が部屋の奥から聞こえる。

俺は、慌てて部屋に飛び込む。


部屋の中は漆黒に包み込まれている。

私はカーテンを開ける。

夏のこの時期、十八時はまだ日がある。


―――――――――――――――――――――

真っ暗な部屋に日が差し込む。

すると、ちゃぶ台に突っ伏す、異常に痩せた一人の男が現れる。


その男の手には、一枚の紙が握られていた。

私は、その紙を抜き取ると書かれている文字を読み上げる。



「大好きだよ。ありがとう」



私はその紙を男の手の中に戻す。


ふと、突っ伏している男の下にあるものに目が留まる。

小学校の頃に憎しみさえ感じた四百字詰めの原稿だ。


その男のマクラのように積み上がったその量に驚愕する。


端に書かれていたのは……

「たったひとりの恋物語」という題名だった。


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あの日命を絶った彼女との想い出に刺激された私は、ようやく人生に向かい合い諦めかけていた夢を追いかけることで世界は輝きだした 白明(ハクメイ) @lynx_hakumei

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