第15話 命の価値


塵芥車の中に沈黙が流れる。

村田、梶とはこれまで何度か現場を回ったことがある。

だが、この状況だ。


ハンドルを握る梶は、チンタラと前を走る車に舌打ちをする。

だが、粗い運転をすることは社内的にはご法度。

ハンドルを人差し指でトントンと忙しなく叩く音が聞こえる。

その音が異常に多く響く。

そりゃあ、この車内の静けさだ。

イライラがその音から伝播するようで私は顔をしかめる。


その表情の変化を汲み取ったのか、さらに車内の雰囲気が悪くなる。

なんともおかしな悪循環がこの閉塞された空間で行われる。

私だけでなく、コイツ等だって最悪な雰囲気を感じているだろうが。


「鈴木さん、佐藤さんのことって、聞いているんすか?」

村田がこの南極並みに凍り付いた空間に一言を投じる。

空気を読めない人間とは、こういうヤツをいうのだろう。

私は、煙草を「フウっ」と細く吐き出し、コトバを継ぐ。


「なんも聞いていなぇな。

 あいつ、意外と自分のことは、なんにもいわねぇからな」

本音でそう語る。

だからこそ、心配なのだ。

一緒にいる時間が長かったにも関わらず、アイツのココロをちゃんと聞いていなかった自分に腹が立つ。


「チッ!」

自然と舌打ちをしてしまう。

すぐ後に、後悔が押し寄せる。

これでは、余計に村田や梶に気を遣わせてしまう。

年上として、この態度はいかがなものか。


「大丈夫だよ。

 あいつは、逃げ出すようなタマじゃねぇ。

 出勤してきた時に『どこ行ってた、バカ』とかいえる空気を作ってやるのが、俺らのできることだろ。

 大丈夫だ」

私は、村田や梶に言っているのか、それとも自分に言っているかわからないコトバを並べる。

いま、一番佐藤を気にしているのは、私だというコトを隠しながら……。


―――――――――――――――――――――

「弘毅~! 今日もお疲れさま~!

 遅かったんだね~! 簡単だけど、夕食できているよ~!」

玄関の扉を開けると、明の笑顔が飛び掛かってくる。

たったこれだけのことなのに、一日の疲れが「スッ」と落ちるのは、なぜなのだろうか?


私と明は、無事に同じ大学に合格をすることができた。

明の専攻である文学部英文学科は、二号館。

私の農学部は、五号館。

キャンパスは広いとはいえ、そこまでの距離ではない。

私たちは、いつもの最寄り駅で待ち合わせをし、そして大学前の駅で降り、そして、明の学部のある二号館の前で別れる。


十七時には、また、二号館の前で落ち合い、家路につく。

ファミレスで簡単な食事をすることもあったし、明のお気に入りのラーメン屋で早食い競争をすることもある。

そんなどこにでもあるようなキャンパスライフを私たちは過ごしていた。


ようやく訪れた私たちだけの時間に私のココロは、浮足立つ。

これまで緩やかな伸展しかなかった明との距離を近づけたい。

いつの頃からか、そんな邪な感情の私が顔をのぞかせていた。

その矢先である。

普段からまったく私のことには興味のない、両親に声をかけられたのだ。


「お父さんがねぇ……、海外出張になっちゃったのよ……。

 お父さんって、ほら……、何もできない人でしょ?

 だから、お母さんもついて行こうと思うんだけど……、弘毅はどうする?

 大学に入ったばっかりだから、判断は任せようってことになって……」

お世辞にも痩せているとはいえない母が、申し訳なさそうに告げる。

これまでずっと専業主婦であった母は言わば、良妻賢母であろうとしていたのだろうが、私にはそう映らない。

父の我儘を肯定し、傲慢にしたのは彼女のその献身のせいであったと言ってもいいとすら感じる。


今回も父を優先し、その判断を他者に預ける。

そんな母を反面教師に思うからか、私は意思をはっきりと持つ明に惹かれるのだろう……。

「弘毅に任せるけど……、ひとりであなたもイロイロとできないでしょ……?」

こういうところだ。

献身的に自分が行っていることで、他者を縛る。

ある意味、父と母は共依存の関係ではないかとすら感じる。


「大丈夫。俺は、日本に残って独り暮らしをするから。

 父さんについて行って、きちんとフォローしてあげてよ」

私は、悪魔のハラワタを備えた、天使の笑顔で母にそう返す。

「そう……、弘毅がそういうなら……。

 そうね。そろそろ、弘毅も独り立ちしなきゃいけないからね。

 一人暮らしができるようにお父さんに聞いておいてあげるから!」

母はそういうと、鼻歌を歌い、夕食をつくるため、冷蔵庫を中のモノを物色しはじめる。


意外にチョロい。

母をこのように思うようになったのは、いつからだろうか?

そして、私は、いつの間から、こんなに擦れてしまったのだろうか。

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