第5章 イグアナの世界
第13話 迫りくる恐怖は、現実か虚構か
「もう、バカ!!
信じられない!! なんで、そういうコト、相談なしにするの!」
目の前では明がいつも以上にムクレた顔をしている。
そんあムクレ顔を見る度に私のココロは一時の安らぎを得る。
多分……、アノことを怒っているのだろう。
こんなにも怒ることではないというのが、私の本音なのだが……。
「なんで志望校を変更しているのよ! しかも私の希望する学校に!
私の希望する学校は理系、そんなに強くないって知っているよね!?
この前と、言っていることが全く逆なんだけど!」
想定通りの質問に心なしか笑みがこぼれる。
ああ、この子は本当にわかりやすい……。
「この前、明と一緒に行った見学会で好きになった教授がいたんだ。
是非とも彼のゼミで学びたいと思ったんだよ」
ココロにも無いことをいう。
ただ、少しの時間でも明と同じ刻を過ごしたい。
それが最大の動機だ。
「わ、私としては、いいんだけど……、そんなことで弘毅の可能性を狭めて欲しくないと私は思っているのよ!」
上気し、軽く桃色になったその頬で明はいう。
ああ、この表情が見たいからこそ、私はこの選択をするんだよ……。
決して、明にはいうまいが。
「ともかく、勉強しなければいけないのは変わりないからね!
見てらっしゃい! 私だけ受かって、弘毅が落ちることだってあり得るんだからね!」
照れ隠しのように明が言い放つ。
大丈夫。
わかっているよ。
嬉しいときの明は、鼻が若干、膨らむ。
そんなことを見逃すほど、私はボンクラではない。
「そうだね……。明に置いていかれないように、俺も精進します」
そんな生乾きのコトバをサラリと置く。
明は、ちょっとだけ小悪魔的な笑みを浮かべた。
―――――――――――――――――――――
「おい!! 全員そろっているな。
先日話していた、小林の件だが、ひとり三千円を徴収したい。
各自、経理の山田に渡しておいてくれ。
以上だ。
今日もしっかりとやってくれ」
班長がそれだけを継げると事務所から出ていく。
まったく……、私がアタマの中で構想を練っている時に邪魔をしないでもらいたい。
私は、言われるままに経理の山田女史のもとに参千円を置きに行く。
三千円なら二日分の夕食代だ。
今夜の発泡酒は350mlにしなければならないかと思うと嫌気がさす。
―――就業開始―――
私はいつものように佐藤と一緒にいつもの塵芥車に乗り込む。
ココからは、作品の校正や物語の展開をアタマの中で練る時間だ。
適度に佐藤の会話に相槌を打ち、繰り返しの仕事をする。
それが今の私の一日の過ごし方だ。
オカシイ……。
佐藤の運転がいつにもまして荒い。
本来、右左折する際には、一度停止し、細心の注意を払った後にステアリングを切る。
だが、ある程度、見切りをつけると、佐藤はそのハンドルを切る。
なにか……、焦っている?
そう思い、佐藤を見ると、いつも咥えてる煙草を必要以上に噛みしめている。
「おい!!
今まで黙ってきたけどなぁ、てめぇはなにも感じないのかよ!」
思ってもみないコトバが佐藤の口からもれる。
私の何に対して、佐藤は怒っているのだろうか?
ポカンとする私を見て、佐藤がそれを察し、コトバを続ける。
「おめぇよう!
金払えって言われてすぐ、山田女史のところにいったろ!!
ちゃんとわかってんのかよ!?」
まったく話の筋が見えない。
班長にそうしろと言われたから、そうしたのに……。
私の行動は間違っていたのだろうか!?
「ほんっとうに何もわかっていねぇなぁ!!
俺はお前を買いかぶっていたよ!!
つまり、あれは、小林が死んだってことなんだろうがよ……!!」
そういうと佐藤は塵芥車を急に路肩に止め、ハンドルの中にアタマを埋め、嗚咽を漏らしはじめた。
「え……、小林って、体調悪くて、今、休んでいるって……、ちょっと前まで、一緒にパッカーに乗って……」
アタマの中が整理できない。
この前まで軽口をたたいて一緒に仕事をしていた人間なんだぞ……。
「ったく、全部言わせんなよ!!
このクソったれな仕事のせいで小林は死んだんだよ!
あのクソったれな肺炎に罹ってよ!!
それをお前は、なんともなく、金だけを払って……」
全身の毛穴という毛穴から、大量のナニかが噴き出したのの感じる……。
私の近くで、死者が出た……。
そして、まったくの無自覚でそれを処理していたのだ。
襲い来るのは強烈な嘔吐感。
私は、塵芥車を飛び降り、その場に嚥下した。
―――――――――――――――――――――
「おかえりなさい~。
あれ、今日はかなり疲れて良そうだけど、なにかあった?」
明の優しいコトバが耳に心地よい。
「今日は弘毅のおばさん、遅いんだって~!
だから夕食、任されちゃった~。
だけど、ちゃんと勉強はしているからね!
いつもの弘毅のお小言はいらないんだから~。
今日は炒飯!
しっかりと食べてね!」
なにか、わからないが、今日は本当に疲れた。
明の作ってくれた炒飯を口に運ぶ。
煮豚とネギのサイズが丁度いい。
更にコメがイイ感じに焦げていることで、その風味を際立たせてくれる。
疲労を食事が癒してくれると、なにかの本で読んだことがある。
それを舌で、脳で、そして心で感じられる私はなんて幸せなのであろう。
「最近、弘毅、追い込み過ぎ!
私よりも勉強していると思うよ。
たまにはおいしいモノを食べて、早く寝ることだって大事なんだからね!」
ああ、そのお小言はうっとうしい。
だけど。
心地いい。
私は、満たされた食欲と、ココロに強い安息を感じ、強い眠気を感じた。
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