第12話 戻る時間と戻らない時間
「やった~!!
弘毅との時間がたっぷりとれる可能性が、増えてきた~!」
目の前で歓喜に震える明を見ているとこっちの頬が緩む。
大学入学試験の最終模擬試験結果発表日。
私は、明と一緒に模試結果をカフェで見ていた。
模試の結果表の判定は、A判定。
その結果に私の頬も緩む。
まあ、柄でもないので、そんなことはしないが。
明にとっては、チャレンジだった。
英語に特化したその大学は、試験科目の中にコミュニケーション(オーラル)が含まれる。
明は過去に短期留学した際の経験を最大限に活用し、A判定をもぎ取ったのだ。
まあ、私の持てる知識を持って受験勉強のアドバイスをしてきたのだから、一安心というに越したことはないだろう。
だが、まだ本番までは気が抜けない。
明は、そのことをわかっているのだろうかと心配になる。
「ほらほら!! A判定だよ!!
弘毅とこれで、ずっと一緒いれる可能性が高くなったよ!!」
カフェに響くような大きな声を上げながら、明が身体ごと寄せてくる。
近い……、近いんだよ……。
それにここには一般のお客さんだって……。
満面の笑みで結果表を私に突き付ける彼女にこれ以上のコトバを続けることが私にはできなかった……。
「ん~!! これで、弘毅のお嫁さんに、また一歩、近づいたね!」
彼女は、イタズラに「ニシシ……」と笑う。
「おい! なんて今、言った? 俺、そんなこと一言も……」
その一言は、雪が降りはじめた世間を柔らかく溶かすようだった……。
―――――――――――――――――――――
ピピピピピピピピピピピピーーーーー。
ああ、朝だ……。
毎朝、私から至高の時間をはぎ取る電子音が今日も寸分狂わず、仕事をまっとうする。
私は、右足を布団に突っ込んだまま、右手で電子音の発信源のアタマを軽くタップする。
また、無為な一日がはじまる。
だが、そんな一日が少しだけ、色づいてきていることを私は感じる。
肌色の罫線の中に泳ぐ私の思考とコトバ達は、いつからか、私の癒しになっていた。
それまでは発泡酒を流し込み、疲れなのか、気絶なのかわからないままに、倒れ込んでいたのだが、今では、「書き、疲れ、寝る」という状況に陥っている。
あまりにも理解不能。
これまでの私では想像だにできなかった毎日を送っている。
だが。
ムカつくのはこの電子音をまき散らすコイツと、命を懸けた仕事だ。
そもそも……、私は仕事に命を懸け、取り組む必要があるのだろうか……?
くだらない仕事で命を落としてしまっては、明との想い出の作品が綴れなくなってしまうではないか……。
今、私が書いている中で明は、生きている。
私の腕の中で、指の先で、明は、生き生きと躍動している。
仕事で私が命を落とすことになってしまったら、明はどうなってしまうのであろうか?
命を懸けて仕事をする必要はない。
そんなことを私は考えはじめていた……。
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