第5話 残滓(ざんし)を追って

「私はたぶん、弘毅の中にもう一人のわたしを見ているのだと思う」


オイ、オイ。

キスを……した後にいうコトバではないだろう。

色気やなにもあったものではない。


冷静に言われたコトバを考えれば、結局のところ私が好きなのではなく、自分が好きだって言っていることと変わりないじゃあないか。


それでは、私は当て馬?

自らの感情をコントロールするための当て馬なのであろうか?


これにはさすがに私もカチンとくる。

私でなくてもいいというコトではないか。

先ほどまでの好意と羨望、尊敬と少しの猥褻な感情を返してほしい。

私が求めていた彼女は、私を自らの思想の『一道具』としてか、見ていというコトではないか?


私は、明の肩を強く掴み、引き寄せ、乱暴に唇を重ねる。

舌先を唇の中に押し入れ、閉じた歯をこじ開ける。

私は私だ。

明の投影だけの存在ではない。

私にだって意志はある。

認めろ……、みとめろ……、ミトメロ……。

私自身を見てくれ……。


「ちょ、っちょ……、弘毅!

 それは、やり過ぎ! まったく、すぐに調子に乗るんだから……」

明は、私を引きはがすと、ムクレ顔でいう。

照れたような、ハニカムようすで私の胸をトンと小突く。


「ばか……、ここワックだよ……」

明は俯き、再度、私の胸を小突く。

このやりとりは心地いいのだが、私の胸の中にはいい知れない「重り」が残っている。


「明、俺の中に何を見ても構わないけど、俺自身をちゃんとみている?

 俺は俺なんだよ?」

思いもかけず、本心が口を衝く。

ココだけはしっかり言わなければいけない。

明には、しっかりと私を見て欲しい。


明は、顔を上げ、軽く微笑む。

「弘毅のそういうところだよ。

 言葉や表現の先をもう一歩、想像して、考えて、解釈する。

 そして自分の気持ちをはっきりとストレートに表現する。

 私は、そんな弘毅が大好きなんだ!」

女性にしては太い腕が私のアタマに巻き付く。

再度、よせられた明の顔は桃色に染まっていた。


私たちは3回目のそれをワックという、不特定多数の他人があつまるそこでしっかりと味わった。


―――――――――――――――――――――

「……で……!

 さっきの話のつづき!

 弘毅の夢って一体なんなの?」

コイツには、色気やムードというものの概念が無いのだろうか?

先ほどまで艶っぽい状況であったにも関わらず、この切り替えはいかがなものか……。

明は、前のめりになって私の眼を見つめてくる。

近い、近い……。

何度も言うが、ココはワックだぞ?

その他の一般大衆が食事や各々の時間を楽しみに来ている場所だ。

傍から見れば、私たちのこの様相はいわゆるバカップルにしか見えない。


私は照れながら、そろりと明の瞳を覗き込む。

明の瞳は期待のためかキラキラと輝いている。

とてもキレイだ……。

その瞳で見つめられる私は、私の夢は、それに値するモノなのだろうか?


「さ、、いや。しょ、しょ……」

喉にコトバが通らない。

声に出そうと思うと逡巡してしまう。

私なんかが……、こんな夢を持っているだなんて、声に出してはいけないような気がする……。

そう思うと余計にコトバが胃の中に落ちていく。


「ん~!? な~に~!?

 聞こえないよ~! ほら! 恥ずかしがってないで~」

明がその顔を近づけてくる。

明の顔が近いことによる照れとも、恥ずかしさともわからない感情に私は、さらに混乱する。


「ぎゃっ!!」

その瞳に吸い込まされそうになっている私は、正気を取り戻す。

明に脇腹をくすぐられたのだ。

「ほ~ら~。

 あんまりゴネてると、おね~さんがイタズラしちゃうぞ~!」

明の細く、しなやかな指が私の脇腹だけでなく、ココロの甲羅さえものもみほぐす。

「わ、ちょっ、わかったよ~。

 話すから、いい加減にしてくれよ~」

本音ではない。

もっと私に触れていて欲しい。

その教会に流れるゴスペルのような優しい指で。


「し、し、し……」

しかし、コトバが再度、喉に詰まる。

「し、しょう、小説家になりたいんだ!」

半ば、無理矢理に絞り出す。

同時に顔中に全身の血液が集まっているかの如く、アツくなる。

実際に顔は真っ赤だったろう。

吐き出したコトバが舞う中空さえも見つめることができない私は、俯いた。


「それ! それだよ、それしかないよ!

 あ~、もう! 弘毅らしい!!」

両頬を鷲掴みにされた私の目の前に、明の好奇に満ちた瞳が近づく。

こんなに顔が真っ赤なのに……。

明の腕のチカラは強く、私の顔はロックされたままだ。


「弘毅! それ、絶対に叶えよう!

 私も全力で応援するね!」

明の瞳は一段と輝きを放っていた。

そして、4度目のワックでのキスをした。

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