第6話 思考停止という病

「今日は三人一組のチームで回ってくれ。

 連休明けだから、何往復もしないと時間内には終わらんぞ」

班長のだみ声が事務所に響く。

朝の事務所では、一日のルート・塵芥車の搭乗確認など、簡単な業務連絡が交わされる。

煙草のケムリでモウモウとなった事務所の空気が少し、クリーンになる。

ココから私たちの一日の仕事がはじまる。


連休明けはゴミが多い。

そりゃあ、そうだ。

休みの間にため込んだゴミが一気に出されるんだ。

私たちにとっては、夏の連休明けほどダルイものはない。


「おい! 鈴木! お前は、今日こっちだ」

班長からの指示が飛ぶ。

今日は、煙草が主食ではないかと思えるほど煙草を吸っている佐藤と、40歳とは思えないくらい引き締まった肉体の小林と一緒に仕事らしい。

この二人とであれば、時間内に仕事が終わるだろう。


塵芥車へのゴミの積み込みは、基本的に二人で行う。

ひとりは車の中で待機し、周囲に気を配る。

その間、二人は集積所に集められたゴミを塵芥車後部のホッパーに投げ入れる。

一つの集積所のゴミをすべて積み込み終わると、スライダーを駆動させ、二人は塵芥車に乗り込む。

次の集積所に到着したら、また二人が降り、ゴミを積み込む。

この作業の繰り返しである。


塵芥車には、ゴミが圧縮されて詰め込まれる。

スライダーやプレスによって圧縮されたゴミは、2t塵芥車でおおよそ1.5t積み込むことができる。

おおよそこの重量に達すると契約している焼却場に運び込み、塵芥車に積んできたゴミを焼却場のゴミピットにあける。

そして、再度集積所にゴミを回収しに行く。


これを唯々、繰り返すのだ。


―――――――――――――――――――――

高校三年生の時間というものはあっという間に過ぎていく。

部活も夏の大会が終わってしまえば、そこで引退というのが私たちの高校のルール。

そこからは、誰しもが受験モードへ突入するのだ。

都内では有名な進学校であったこともあり、この時期には、空き教室で勉強する生徒の姿が多く見受けられるようになる。


私も明も御多分に漏れず、受験モードへと気持ちを切り替え、気持を周りに合わせていった。

健全な高校生男子であった私は、湧き上がるさまざまな感情や欲があったのだが、なにぶん一人ではどうにかすることもできないモノだ。

ひとりで処理できる部分でカリソメの満足をし、また問題集に向かう日々が続いた。


気が付けば、クリスマス。

時の流れとは残酷なものだ。

周囲の雰囲気に合わせ、ずっと問題集に向かう日々は、もっとも多感で可能性に満ちている青年の時間を無駄に消費させてしまうものだ。

少しばかり値が張るファミリーレストランで明と夕食を取り、プレゼントを渡す。

テーブルの向こうの明は、本当に幸せそうだった。

「スワロフスキー」と印字されたボールペンを送ったのだが、いっぱいの笑顔でボールペンを赤子のように抱きしめていた。

別れ際、ささやかなキスをし、そして、年明けに迫るお互いの健闘を願い、別れた。


私も明も都内の希望する大学に合格することができた。

学校こそは違うが、電車で3駅違い。

近からず、遠からずの距離と喜んでいたのは私だけだった。

明は、合格した大学ではなく、アメリカの大学に進学することにしたのだ。


「なんで……、言ってくれなかったんだよ!

 大学に入れば、明との時間をもっと取れると思っていたのに!」

狼狽する私は、コトバが強くなる。

明は、ジッと私を見つめ、指先でコーヒーカップを弄ぶ。

有名珈琲店のちょっと奥まった席。

私たちは向き合い、今後の話をしていた。

二人の間を珈琲の香りがくゆる。

こんな時間を持つことになるとは、絶対に思いたくなかった。


「ん~……。

 私とずっと一緒にいた弘毅なら、わかってくれると思っていたんだけどなぁ……。

 私が目指す夢はやっぱり日本で学んでいたんじゃ、その本質を学ぶことはできないと思ったの。

 旧態依然の考え方や教育がはびこる日本、そして大人達。

 そんな中では、私の嫌いなオトナにしかなれない。

 だから、日本を出ることにしたのよ」


わからないではない。

今の日本にあるのは、前例踏襲、旧態依然、ことなかれ主義がはびこっている。

これまでもそうだったろうが、大学、社会でも「言われたことをする」大人としての教育が待っているのだろう。

それは、今の大人たちの再生産なのであろう。


「でも、今じゃなくってもいいだろ!?

 俺たちの関係はどうなるんだよ!

 一緒にここまで頑張ってきたハズだろ!?」

またも、語気が荒くなってしまった。

明との関係を終わりになんてしたくない。

そんな気持ちだけが私の中から溢れ出ている。


「弘毅! 落ち着いて。

 私たちの関係ってそんなものなのかな? 

 日本とアメリカって距離だけで、崩れちゃうものなの?」

いつになく、明の目が真剣だ。

こういうときの明は、絶対に引かない。

背筋をスッと伸ばし、キッと締めた口元は、反論を許さない強さが感じられる。


「そう……。わかった……。

 明がそこまでしっかりと決めているのであれば、しょうがないよね。

 今の時代、インターネットやメールもあるし、会おうと思えば行けない距離でもないしね。

 でも……、寂しくなるよ……」

私のココロは、コトバと一緒に身体から出ていくような気がする。

大切なモノが零れ出してしまう感覚。

ああ、失いたくない……。


「大丈夫だよ!

 私も弘毅もそんなに弱くない。

 大丈夫。

 私もたくさんアルバイトもして、日本にも帰ってくるから!

 そしたら、たくさん一緒にいよう!

 大丈夫」

明は、何度も何度も「大丈夫」を繰り返した。



今ほど、PC、インターネットやスマホが普及している時代では無かったので、メールを送るのにも一苦労。

PCの価格は安くはなってきたとは言え、大学生にとっては簡単に手が出せるモノでは無い。

私は、中古のPCを購入したがこれがいけなかった。

度重なるフリーズと不具合。

最終的に持ち込んだ、電気量販店では、

「あ、もう買い換えた方が早いですね」

なんて言われる始末だった。


そうなると、明へのメール頻度は週一回が、月一回に、三カ月に一回に減っていった。


大学での生活も楽しいモノでは無かった。

はじめから明の学校に近い大学を選んだため、特に学びたい学科ではない。

ただ時間を過ごすだけに大学へ通い、バイトへ行き、周りに愛想笑いをする。

でも、「そういうもんだろ」と、自分を騙し続けていた。



気が付くと明との連絡はまったく取らなくなってしまっていた。


そんな何もない私にも就職活動という時間は訪れる。

だが、こんな生徒を採用したいという企業があるわけなどなく、当然のように「お祈り文」だけが積み上がっていった。


そんな状況で、苦肉の策というか、言い訳というか、私は、当時流行り出した「新卒派遣」という働き方を選択した。

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