第2章 ミジンコの世界
第4話 無記名者という罪人
結局、その日は仕事が手につくわけが無かった。
いつもだったら決してしない失敗。
ヘルメットを同僚からスパナで叩かれるほど、ボーっとしていたのだろう。
明が自殺した……。
あの理想を追い求め、まっすぐに進んできた明が、死を選んだ。
ひとときではあったものの、彼氏彼女の関係となり、そしてお互いの夢を語った相手が……。
「明日もそんな調子だったら、明後日にお前のロッカーはないと思えよ!」
帰りぎわ、班長が私の尻に蹴りを入れながら言う。
そんなことも今の私には届かない。
明が自殺した……。
会社からの帰り道。
いつものコンビニで、弁当を買う。
今日は、発泡酒では無く、アルコール度数の高いチューハイを買う。
それは、自分の中の誰かが行うようかのに自然に行っていた。
いつもの万年床が私を迎える。
部屋中に散乱するゴミをかき分け、数年前に買ったPCを手繰り寄せる。
立ち上げると「待っていました」とばかりにOSの更新がかかる。
長い間放置していたにも関わらず、コイツは私が再度、触ることをずっと待っていたのかと思うと、なんとも柔らかなキモチになる。
私は、コンビニ弁当のエビフライを口に放り込み、チューハイで流し込む。
いつもより強めのアルコール臭が鼻を抜けるが、それをエビフライのソースが中和していく。
再びチューハイを煽る。
アルコールが喉をとおることが、そのアツさで感じられる。
まだ、PCのセットアップが終わらない。
私は、さらに弁当のおかずをかき込み、チューハイで流し込む。
流す。
現実を見ないようにする自分を流していくように。
PCの更新、再起動が気に喰わないあの音ともに終わる。
私は、早速、『田中 明 自殺 最後』と、バナーに入力する。
正直、今日はこのことばかりを考えていた。
検索結果画面には、スポンサーサイトや、ニュースサイトが複数並ぶ。
次に並ぶのは、Twitter(X)の投稿。
最近では、検索サイトよりも具体的な事件・事例を調べるには、SNSの方が適していると言われている。
検索サイトの包括的な情報よりも、個々人の発信に基づくモノの方が重要視される時代になっていることに「時代は変わったのか……」と独り言ちる。
だが、私の感傷なんてものはどうでもいい。
私は、Twitter(X)を開き、明に関する情報を調べ始めた……。
―――――――――――――――――――――
品が無い。
しかも、ニンゲンとしてどうかしている。
聞いてはいたが、ここまでヒドイとは思っていなかった。
Twitter(X)上では、明の死に対しての罵詈雑言が飛び交う。
「そんなのは理想論でしかない! 死に際に言うとか卑怯!」
「なにが言いたいわけ? 結局インプ稼ぎ?」
「教員大変アピ乙~」
「じゃあ、仕事やめろよ(笑)」
「一人が吠えたって、バカばっかりだから響かないんだし~」
「死をもって押し付けるお前が一番、悪」
読んでいて反吐が出る。
コイツ等は結局、自分に危害が加わらない場所で、スキ勝手言っているだけなのだ。しかも自らの顔を晒さずに。
コイツ等には、思想や理想なんてものはない。
ただ目の前にある事象に対して、自らのちっぽけな優越感を確保するためにコメントをしているだけだ。
だが、腹が立つ。
私の大切な明が汚されているからだ。
私は、幾つかのコメントにクソみたいな侮蔑のコトバを投げかけ、さらに検索を続ける。
……。
そこで出会う。
明の最後のときを収めた動画に……。
―――――――――――――――――――――
「本気で考えているでしょうか?
日本を、そして未来を!
大人が、そして親が子どもたちの可能性を潰してしまっているんですよ!
文部科学省にもお話をしました。
そして、さまざまな学識者ともお話をしてきました。
だけど、結局は何も変わらない!
結局のところ、世界を一番諦めているのは、
私たちオトナなんです!
自らの既得権益にしがみつき、ことなかれ主義を貫いて、
適当にその場を収める。
そんなオトナの姿を見ている子どもたちが同じように、
それを繰り返す……。
これは健全な社会とは言えないと思います。
むしろ、オトナが自分の人生を楽しんでいる姿を、
『自由な』姿を、見せていくべきではないでしょうか?
そう、私は主張し続けてきました……。
都庁にも、文部科学省にも訴え続けてきました……。
だけど、結局は変わらなかった……。
むしろ、私の想いをバカにし、そして、潰そうとする動きさえありました。
今、私たちが変わらければ、今後の世界を担う、子どもたちが苦しむことになります……。
もう一度、あなたにも考えてもらいたい!
子どもたちを救うというコトは、あなたを救うことなんです!
あなたも、もっと自由に生きていいんです!
あなたは、今を『ちゃんと』生きていますか……?」
そのあと……、明は都庁の屋上から飛び降りた。
それは、自らの想いを空に託したかのように。
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