第3話 想いと、未来と

私は当然のように彼女と付き合うことになり、登下校、そして昼食の時間を過ごすことが多くなった。

とは、言ってもお互いに部活が忙しいため、なかなか二人っきりで過ごす時間というものは限られた。

私も健康な高校男子であったので、そういったことをさまざま妄想していたが、現実にこうも忙しいと二人の関係を進めようにもうまくいかない。


そんな状態に悶々としながらも時間とは残酷にも過ぎていったのだった。

3年生になると彼女は女子ハンドボール部の部長に選出される。

まあ、当然のことであろうと思うが、それを素直に喜べない私がいた。


部長ともなると、学校全体や所属する地域連合の会議や集まりにと忙しくなる。

そうなると当然削られるのは私との時間だ。

ココで、ゴネるほど、私だって野暮ではない。

自分の気持ちを部活に、勉強に打ち込むことで、騙していた。


「さすが、私の選んだ男だな! 弘毅のそのストイックさ、そして、その聡明さがやはり大好きだ!」

久々の日曜の午後。

部活が終わった後に、私たちは駅前のファーストフード店に来ていた。

商品を受取り、席につくなり、明は私の隣に座り顔を寄せて言った。


「私と会えない時間も無駄にしない。 

 自己研鑽をして、もっとイイ男になってる!

 私はすごく嬉しいんだよ!」

ストレートに思ったことを伝えるのが明のイイところだ。

私は、恥ずかしさのあまり顔を俯ける。

自分でも顔が真っ赤になっていることが、体温からもわかる。

明は、こういうところも真っすぐだ。

だから、余計に惹かれるのだが。


「弘毅、聞いてくれ。

 私には、夢があるんだ」

明が真っすぐに私に向き直った。

私は、恥ずかしさのあまり、明を正面から見ることができない。

チラリと上目づかいで明を見やる。

切れ長のキレイな目の中の瞳が輝いているのが見てとれる。

私の鼓動はその速度を増していく。


「私はどんな人も、自由に生きれる世界になってもらいたいと思っているんだ」

どんな人も? 自由に?

私は、しっかりと明に身体を向ける。


「でも、誰もが自由って……、それは難しいんじゃない? 

 誰かが自由に振る舞ったら、誰かが不自由になる。

 どんな人でもというのは、無理なんじゃないかな?」

私は、意地悪く反論をしてみる。

ここのところずっと明と会えなかったんだ。

ちょっとくらいは、いいだろう。

そんな反抗心にも似た気持ちで言い返してみる。

再度、上目遣いにチラリと明を見る。

明は、いつも以上に小悪魔的な笑みを浮かべ、私に顔を寄せてくる。


「さすがだね! ワトソン君! そこなんだよ!

 ひとりの自由が他者の自由を奪うことがあるのが現実だよ。

 だけど、少しずつその自由をずらしていけば、誰しもが自由になれるとは思わんかね?」

明は、右手の中指で架空の眼鏡をクイっと押し上げる。


「いやぁ・・・。

 私はワトソンでもないし、明智小五郎でもないよ・・・。

 自由をずらすって、一体、どういうコト? 

 誰かが自由を主張する際には、我慢して、違うタイミングで自由を主張しろってこと・・・?」

整理のつかないアタマで、できうる限り考えたことを投げかけてみる。

……明の口の右端がつり上がる。


「さすがだね! ワトソン君!! いい線をいっているよ!

 だがね、ちょっとだけちがうのだよ。

 私がいいたいのは、自由を主張するタイミングと、相手を選んで自由を主張するということなんだ!」

明は、右手にもったコーラを今にも握りつぶしてしまいそうなほどにチカラがこもっている。

あ……、そこでコーラがこぼれたら、私のワイシャツにかかるんだけど……。


「自由は本来であれば、誰しもが常に持っている。

 だけど、その置かれた状況を『自分自身で勝手に判断し』、自由を主張していないんだよ。

 他の誰かに気を遣って、自由を主張しないことを判断しているんだと思うのよ。

 それって、本当にその人は自分の人生を生きていると思う?

 私は、違うと思うのよ。

 結局、自由って自分の想い込みで自分を縛っていることだと思うのよ。

 これって、本当に不幸せなことだと思わない?

 特に、このように考えるように癖づけられてしまった、子どもたちがかわいそう!

 だからこそ、こういった子どもたちを救いたいの!」

明の瞳が綺麗だ。

熱弁をふるいながら、その瞳に涙がうっすらと乗っているからだろう。


明のコトバが私の身体の中に入って来る。

刺々しいにも関わらず、だけど優しい温度を感じる。

入ってきた緩やかな熱量は、私の心臓を優しく包み込み、柔らかく締め上げていく。

……同じ年齢の彼女がこんなにも世界を、ニンゲンをしっかりと考えているとは……。

……コトバにつまり、思考し、逡巡している私の両頬を明は掴み、唇を寄せた。

ココがファーストフード店にも関わらずだ。

明は、その行為の後にも小悪魔的な笑みを更に強くし、腕で口元を拭う。


「…………ん~!!

 あ、明、何しているんだよ!!

 ここ、ワックだぞ!

 他の人が見ているだろ! そして、お前、今、話している途中……」

慌てふためく私の口から洩れる言葉は、辺りに散らばる。

明は、相変わらず、その笑みを絶やさない。


「そう。

 そういうところなんだよ。

 だから私は、弘毅が好きなんだ。

 弘毅が将来、やりたいことって、なに……?」

明の瞳は、まっすぐに私のココロの中に向けられていた。

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