第2話 日常とは破壊されるべくして壊される
「クッソ……、くせぇ……、アツい……、気持ち悪い……」
初夏に差し掛かったこの時点でこれだ。
今年もクソったれな季節がやってくる。
まあ、年間通してクソったれなことには、変わりないが。
ゴミの収集は肉体労働だ。
それだけではない。
精神的にもツライ労働、且つ底辺の仕事だと私は思う。
昔、3Kなんて言葉が流行ったと聞く。
「キツイ、キタナイ、キケン」その頭文字をとったというのだから、なんともナイスなネーミングセンスではないか。
ゴミの収集はまさにコレ。
キツイのは、肉体的にだ。
一日に約100件の家のゴミを集める。
ゴミだって45Lの袋に詰まっているわけだから、軽くても4㎏。
無理な詰め込み方をしていりゃあ、30kg近くなんてものもザラだ。
これを約100個、
下手な筋トレよりも大変であるのは容易に想像できるだろう。
キタナイ。
当たり前だ。ゴミなんだからな。
特にこの時期は誰もがゴミを忌避する。
温度も湿度も上がるこれからの季節、ゴミの中に生ごみが混じっていれば、それが発酵し、腐臭を放つ。
これがまたいい具合に嗅覚を刺激するもんだから、えづかない方が難しい。
大抵の新人は、吐いて、昼食をまともに食べれない。
まあ、これに慣れてしまっている私もちょっとおかしいのだが。
キケン?
そうだ。
世の中じゃ、分別だ、リサイクルだと言っているが、そんなことを真面目に取り組んでいる一般市民なんて、アホほどに限られている。
ゴミ袋の中に焼き鳥の竹串やカッターの刃が入っているのはザラで、使い古した包丁やハサミが入っていることもある。
会社の先輩は、ゴミ袋を持った瞬間に鉄串が手のひらを突き抜けたって話していた。
ゴミを塵芥車に積み込むときにだって油断はできない。
積み込む際に巻き込まれて右腕ごと持っていかれたって、話も聞く。
とまあ、絵にかいたような3Kなクソったれな会社で私は仕事をしている。
私の名前は鈴木 弘毅(すずき こうき)。
32歳、独身、中肉中背、趣味無し、特技無し、彼女無し。
既に感じているかもしれないが、正直、自分の人生を既に諦めている。
考えるのもダルイし、何かに期待するのもやめた。
ただ、生きているために生きているだけだ。
なにも考えたくない。
なにもしたくない。
ただ、身体があるから生きているだけだ。
昔は、こんなじゃあなかった。……と、思う。
高校生の頃は、それなりに勉強もして、部活だってしていた。
将来の夢と呼べるものも持っていた。
顔だって標準よりちょっと上だったから彼女だっていた。
家族以外にあそこまで、人に必要とされたことはなかった……。
それが……、田中 明だった。
彼女は、女子ハンドボール部の部長だった。
私が男子ハンドボール部に所属していたことからも接触する機会が多かったのだ。
正義感と責任感の塊と形容するにふさわしい彼女は、1年生の頃から期待され、3年次には、当然のように部長の座に収まった。
口元にかかる程のショートボブの前髪の間から覗く、彼女の瞳は切れ長でその意志の強さが伺えるものだった。
鼻筋はピンと上向き、三角形の頂点ではないかと思うほどのシャープな顎は、彼女のアタマのキレをも表していたのではないか。
可愛いというより、美人。
さらに快活。
そんな言葉が似あう彼女は、多くの男子から羨望の目を向けられていた。
「私は、弘毅の目が好き!」
そんなワケのわからない彼女からの告白が私たちを繋げた。
高校2年生の夏合宿1日目の朝練前だった。
子どものお絵描きのようなどこまでも続く水色の空の下、彼女はイタズラな表情を浮かべ、まるで「おはよう!」と言うような調子でそんな言葉を私に投げた。
瞬間、言っている意味がわからず戸惑っていると、
「そうそう! その表情だよ! よく理解しているじゃないか、ワトソン君!」
と言うと、イタズラな表情をさらに濃くし、部室へと走って行ってしまった。
夏の通り雨のように彼女の想いは、突然私の前に現れ、私の日常が変化する。
日常は突然に壊され、そして新しい日常が構築されていく。
それは、必然だったかのように。
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