たった一人の恋物語

白明(ハクメイ)

第1章 ゴミのような世界

第1話 ゴミの日常

煙草のケムリが溢れる事務所。

数人の男たちの汗と煙草の混じったニオイが充満するここは、朝の清々しさといったコトバからは程遠い。


週刊誌のグラビアを舐めまわすように見つめる男。

何度と読み返したであろう数カ月前のものであるにも関わらず、食入るように見るその目は、既に人のそれでない程に血走る。


隣では、コーヒーをまるで水でも飲むかのように流し込み、煙草を吹かす。獣のような、そいつの体臭が鼻につく。何日風呂に入っていないのかと顔をそむけたくなるほどだ。


まあ、私たちの仕事では、風呂に入ろうと入るまいと、どうせ変わらないのだが。


班長がここにやって来るまで、あと30分。

それまで私も何も映らない瞳でTVのモニターを眺める。


そこには、私たちの生活からは、かけ離れた世界の話が流れている。

私は一体、何でここにいて、何のために食事をし、生きているのだろうか?

そんな取り留めも無い思考がもう何十周回ったことだろうか?

最近では、思考することすら億劫になってきている。


私とは一体、なんなのだろうか……?

私は「フンっ」と鼻を鳴らし、再度、異世界が映し出されるモニターを見つめていた。


「極東清掃株式会社」

私が勤めている清掃会社の名前だ。


清掃会社といっても、ゴミを収集し、ゴミ焼却場へ運んでいくことを主事業としている会社。


よく知られてはいないことだが、ゴミにも種類がある。

ゴミは2種類に大別される。

企業が出すゴミ、つまり産業廃棄物と一般の家庭から出る一般廃棄物だ。


産業廃棄物は、収集や運搬に特別な許可・免許書が必要であるが、一般廃棄物に関しては、地方の自治体に申請をすれば概ねその許可が下りる。


本来、一般廃棄物の収集・運搬・処理は自治体の責務であるが、自治体はその権限を民間業者に委託することで、自らはその管理責任だけをまっとうする。


まあ、いってみれば、汚い仕事は民間に任せ、自分たちは小綺麗なデスクワークだけを行い、上から目線でさまざまな空論をぶん回す。


そんな汗水さえも垂らさない仕事を仕事と呼べるのか甚だ疑問だが。


そんなボンクラどものおかげで助かっているのが、ウチみたいな中小の弱小企業。

自治体の権限を纏っての仕事だから、金払いも良ければ、それなりの保証や信頼も得られる。


だが、その恩恵を受けられるのは会社であって、私たちではない。

会社は、その利益を存分に確保するために、私たちには低賃金、高負荷の仕事をさせるってわけだ。

まあ、普通の会社や企業に勤めることができる訳がない、私たちにとっては賃金がもらえるだけでも助かるのだから、文句は言えない。


ただゴミを塵芥車に積み込み、ゴミ焼却場に持っていく。

毎日、ただ、ずっとその繰り返し。

なにも新しいことはない。

ゴミを積み込むだけでも疲労はする。

そして腹も空く。


会社からの帰りに道にコンビニに寄り、弁当と発泡酒を買う。

家に帰れば、これらを平らげ、後は万年床に突っ伏す。

気付けば朝。

また同じ毎日の繰り返し。

私は何のために生きているのだろうか?


何百回も周回する疑問がアタマに浮かぶ。

だが、それに気づかぬように着替え、出勤する。


ゴミを積み込み、ゴミ焼却場に運び、またゴミを積み、運ぶ。

コンビニで弁当と発泡酒を買い、ゴミだらけの部屋で寝る。


それが、毎日だ。


――――――――――――――――――――――

「ったく、なんだコイツ。 女三島由紀夫にでもなったつもりかよ。

 教師のくせして、理想なんかじゃメシは食っていけねぇっつぅの!」

隣の煙草男が悪態をつく。

どうやら、TVで流れているニュースに向かって投げかけられた言葉のようだ。

モニターには、ここまで失敗したことが無いような爽やかな男がニュース原稿を読み上げている。


あぁ、私が彼のような生き方を諦めたのはいつの時分だったろうか?

自分に、世間に、諦めを抱いていなければ、私にも彼のような仕事に就くことができたのであろうか?


「……っというコトバを彼女は発した後、都庁の屋上から身を投げた模様です!」


女三島由紀夫……。

言い得て妙だと感じる。

学も何もないここの奴等でも三島由紀夫の名前を知っていると思うと、なんだか笑えてくる。


モニターのなかよりも、意外にここの奴らの方が現実的なのかもしれないと。

「都内の私立高校教師の田中 明さんであることが現在、確認されました!」


その甲高い声に心がざわつく。田中 明たなか あき……、だと……?

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