つごう

七瀬モカᕱ⑅ᕱ

←♡←

 深夜になると一際大きく聞こえる、お酒に酔ったあろう大学生の騒ぎ声。人通りが少なくなると自然と聞こえてくる音量も上がってくる。仕方ないこととは言え、うるさくて眠れやしない。


「うるさい.....」


 あたしの住むマンションは、比較的家賃の安い学生街にある。分かりきっていたことではあるけれど、きついものはきつい。

 あたしは壁の方に寝返りを打つ。スマホを手に取ろうとしたとき、スマホの通知音が鳴った。


【今何してる?】


 そんなメッセージだった。時間を確認して、私はこの後起こることをぼんやり予想する。そろそろ終電が無くなる時間だ。

 そんな事を考えながら、メッセージを打つ


【寝るとこ。】


 素っ気ない返信だろうけど、すぐるが相手だから気にしない。どうせただの暇つぶし...いつもの事だ。


【起きろ】


【嫌だわ】


【今からそっち行く】


 あたしは焦った。たった一言だけなのに、アイツが本気なのが分かるからだ。

 幸いというかなんというか、昨日は学生時代の友人が遊びに来ていたから部屋は片付いている。


【勝手にすれば】


 私はこう返して、部屋の明かりをつけた。返信をしてすぐ、通知音がしたけれどあえて無視をする。ここでやり取りを続けると、メッセージではなく電話をしてくるからだ。めんどくさいと思いつつそれでも相手をしてしまうのは、自分も寂しいからなんだろうか。


「ん、」


「本当に来た......」


 メッセージが来てから十五分くらいして、すぐるはやって来た。デニムのコートにブラウンのコート姿だ。対する私は黒のジャージだ。


「なんだそれ、全然色気ねぇな」


 あたしの格好を見たすぐるは吹き出した。自分に可愛さや色気がないのは、あたしが一番分かっている。


「あんたが相手だからね。別に色気とかいらないでしょ」


 あたしはムカついたから、あえて笑顔を作って生意気なことを言ってみる。そうすると、本当に面白そうにすぐるも笑う。


 あたしはすぐるを部屋の奥に通した。ワンルームに無理やり押し込んだソファーに彼は座った。慣れない光景にほんの少しだけ緊張する。

 すぐるがここに来たのは、私が引越しをしてすぐの頃に一度だけだった。会うこと自体も、久しぶりだった。

 冷蔵庫を開ける。昨日買ったばかりの缶ビールがぎゅうぎゅうに詰まっている。


「ビールあるけど」


「んじゃあ貰う」


 そうしてあたしと幼馴染すぐるはソファーに並んでビールを飲んだ。すぐるとは腐れ縁で、幼稚園から大学までずっと一緒だった。

 だからお互いのことは、親のことよりよく知っている。友達の話しやら、今の恋人のことも。


「別れた」


「そう」


 すぐるの今回の彼女は、割と続いていた方だと思う。だいたい一年とちょっとくらいだったんじゃないだろうか。理由は聞かなくても、そのうち愚痴大会が始まるだろうから嫌でも聞くことになるはずだ。そう思って、あたしは聞く体勢に入った。


「結婚したかったんだ....本当に」


 あたしが想像したよりもくらい声色で話し始めるものだから、持っていた缶ビールを落としそうになった。すぐるの口から【結婚】という二文字が出てきたことにあたしは驚いた。


「じゃあなんで別れたのさ」


「...わかんねーよ」


 俯いてそう呟いた彼の姿は、とても寂しそうに見えた。俯いていたすぐるが顔を上げて、周りをキョロキョロ見回し始める。


「室内は禁煙だよ。吸いたいならベランダ」


「ん」


 私の勘は当たっていたらしくそそくさとベランダに向かうすぐる。部屋に一人残されるのも何なので、あたしもベランダに向かった。


「なぁ、お前はさ.....結婚とか考えないの?」


「全然、仕事忙しいし.....そんな気にはなれないよ」


 隣に並んで話す。目は合わさずに。


「そっか」


「うん」


 興味がないなんて真っ赤な嘘だ。本当は興味しかない。昨日遊びに来た友人も、二人が既婚者で一人は婚約中。彼氏すらいないのは、自分だけだった。


「彼女にも、同じようなこと言われたんだよ。...じやあなんで俺とつきあったんだろうな?」


 そう言ってすぐるは少し自嘲気味に笑ってみせた。


「わかんないね、すぐるのことじゃないし」


「なんだそれ」


 そういうすぐるの声が、暗いものから少し明るさを取り戻したことにあたしは安心する。


 あんたは笑ってた方がいいよ、やっぱり。


「ううん、やっぱりなんでもない」


 これが私の精一杯のマウントだった。誰に対してかなんて分からないし、きっと私の言葉なんて届かない。でも一番知っているのは本当だ。今まで生きてきた時間のほとんどを、一緒に過ごして来たのだから。きっとこんなことを言ってもすぐるは笑って流すだろう。大袈裟だと言って。


「ばーか....」


 寒さに震えながらタバコを消す。部屋に戻ったあたしたちはまたビールを飲んだ。一応つけておいたテレビからは、スポーツのニュースが流れていた。そういうのに疎いあたしは、ただぼーっと映像を眺めていた。


「眠い、どこで寝ればいい?」


「うちはね、人を泊めることを想定してないの。ブランケットあるから、そのままソファで寝てよ」


 あたしが立ち上がると、すぐ眠る体勢になったすぐる。赤ちゃんのように丸くなって目を閉じた。あたしはその上にそっとブランケットをかけた。


「寒くない?」


「へーき、ありがと」


 そう言ったすぐるだったけれど、さすがにブランケットだけでは厳しいはずだから暖房のスイッチを入れる。

 あたしは眠れなかった。ソファーではすぐるが呑気な寝息を立てている。


 あたしは、すぐるのことならなんでも分かる。あたしのことを異性として見ていないのも。


「あたしがあんたのこと、大好きだってことも....ね」


 もしも全部分かるなら、いきなり泊まりに来るなんてことしないだろうし。もしも分かっていたとしたら、相当な策士だ。


 あたしなら、分かっていない方にかけるけど。


「すぐるのばーか.....ほんとばか」


 聞こえていないのを承知で、今日何度目か分からない悪態をつく。きっとすぐるにとっての私は、都合のいい幼馴染あいてなのだ。だからきっとこのラインを踏み越えた瞬間に、今まで積んできたものが崩れて、全て終わってしまうんだろう。


 そんな事になるくらいなら、私は.....


「仕方ないから、あんたが飽きるまでつきあってあげる。都合のいい幼馴染あいてとして」

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