第5話
不良ぶっているけんとくんに連れてこられたのは教室の裏手にある階段だった。人通りがなく、どこに繋がっているのかもわからない階段をけんとくんは降りていく。わたしはすこし覚悟をして一段一段を慎重に降りるようにしてついていく。
踊り場にたどり着くとけんとくんは振り返る。
「おい」
わたしはびくりとなって何も返事ができない。
「言っただろ、先生に」
固まってしまって返事ができないうちにけんとくんはどんどん喋っていく。
「次のキャプテンは俺のはずだったのに、態度次第では停学も考えるってことになってて、どういうことなんだよ。その話をされた次の日にたばこ吸ってたのがばれて、それでもう停学、なんでこんなことになったのかわからない」
そんなことになっていたのか、とわたしは驚きながら話を聞く。
「おいぼーっとしてんじゃねえよ、聞いてんのか」
脅されても怖い気がしなくて、なんだか笑ってしまいそうになる。わたしはこうして対面してみて、けんとくんのことがずいぶん怖くなくなっている。
不良のような行動も、ひとつひとつをおおげさにいうことも、すべて自分を大きく見せたいという気持ちからきているもので、ただのポーズであって本物の怖さではないとわたしは気がついてしまった。
それはすごく格好の悪いことだ。いまのけんとくんは格好が悪い。それに、むかしのけんとくんだって年下の力のないものをいじめて強いものぶっていたのだから全くもって格好よくない。あの頃こわかったのはけんとくんのことというよりも、強いものに自分の生活が脅かされることがこわかったのだ。
けんとくん自体は大して怖いものではない、とわたしは理解しなおす。けんとくんではなくこわいのは権力。だからいま目の前にいるひとは特に恐ろしいものではない。ゆっくりと考えを整えていく。けんとのくんのことは、こわくない。
わたしはもうだいじょうぶだと思う。
「おい、聞いてんのかって言ってんだろ」
「つまり」
わたしは勇気を出して言う。
「ぜんぶ自分のせいですよね?」
「は?」
「たばこに関してはわたしは関係ないし、昔したこととはいえひどいことをしたと思いませんか?」
「何言ってんの」
けんとくんは顎を突き出すようにして首を傾げる。その首の傾げ方にも不良らしく、強そうなものに見えるように、と工夫しているらしい雰囲気が見えてきてわたしはつい笑ってしまいそうになる。
「あなた自身のせいです」
「ふざけんなよ」
「わたしは、謝罪も受けていないし」
「ふざけんなって言ってるだろ」
けんとくんはわたしの胸元を掴んで体を持ち上げようとする。けれどわたしの身長はここ数年でずいぶん伸びていて、けんとくんとそんなに変わりないかわたしの方が高いのかもしれなかった。だからただ喉のあたりが苦しいだけで、わたしはけんとくんを突き飛ばすことができた。
突き飛ばされたけんとくんは怒っていて、わたしに殴りかかろうとする。そのパンチをわたしはしゃがんで避けて胴体を掴んでぶん投げる。
けんとくんはもう一度かかってくる。わたしは体を翻して避ける。体当たりしてきたけんとくんを正面から受け止めてその勢いのまま持ち上げ、放り投げると、着地に失敗したけんとくんはよろよろと階段から落ちてしまう。
どどどどど、とすごい音がしてけんとくんは一番下まで落ちていった。そして動かなくなった。
わたしは怖くなって、急いで教室に戻った。
「すみれちゃん」
「だいじょうぶだった!?」
「それよりすみれちゃんごめん、痛かったよね」
「ううん、へいき、腹筋は鍛えてるから」
そう言って笑うすみれちゃんの笑顔に救われたような気持ちになりながらわたしは状況を説明した。
「いまけんとくんと揉み合いになって、けんとくんが階段から落ちて、動かなくなって、それでどうしたらいいかわからなくて」
「わざと突き落としたわけじゃないでしょ?」
「殴られたから反撃して、そしたらふらふらって落ちてっちゃって」
「とりあえず見に行こ」
すみれちゃんが立ち上がると、クラスの男子数人が、俺も行く、と名乗り出てくれて、みんなで様子を見にいくことになった。反撃されるかもしれないと男子たちが気を遣ってくれたのはとてもありがたかった。
階段までの道のりを歩いていく。こんな道あったんだ、と男子たちはやけに楽しそうである。すみれちゃんはわたしの怪我や、こころがつらくないかということを気にしてくれる。とてもありがたい。階段にやってきて、
「ここの踊り場で、揉めて」
と言うと男子のうちの一人が、
「ていうか人をいじめるとか殴るとかしたやつが悪くない?」
と言い、
「だからもしどんなことになってても正当防衛っていうか、悪いってことにならないとは思う」
と言ってくれてわたしは踊り場へ降りる勇気が出た。
踊り場からおそるおそる見下ろすと、けんとくんの姿はなくて、うっすら血のような跡が残っていた。
「どうしよう」
「だから大丈夫だって、向こうが悪いんだから」
「でも先生に言った方がいいよね?」
「そうだね」
すみれちゃんが言った。
「先生に言わなかったときに、勝手にこっちが悪いことにされたらたまらないからね」
たしかにそうだ、と納得し、わたしは男子たちと別れ、すみれちゃんと共に職員室に向かうことにした。
職員室へと向かっている途中に、ふと吐き気を覚えた。気持ち悪い、と思って立ちすくむとすみれちゃんがだいじょうぶ? と声をかけてくれているのが遠くに聞こえていた。わたしはそのままぱたりと倒れてしまった。
気がつくと教室にいた。
教室のドアが乱暴に開けられて、ジャージを着た生徒がつかつかと教室の奥まで歩いてきた。
それがけんとくんだということはすぐにわかった。けんとくんはがにまたで人を威圧するように歩いているのだろうけれど、とても格好が悪かった。ついいままですみれちゃんと話していたこともあり、わたしは思わず笑ってしまいそうになった。
「ついてこい」
とけんとくんはわたしに言った。わたしは立ち上がって、けんとくんの後についていこうとした。それをすみれちゃんが止めた。
「先輩ですよね? 先輩の男の人が後輩の女の子を連れていくなんて変だと思い」
言葉の途中ですみれちゃんはお腹を殴られて、動けなくなった。すみれちゃん、とわたしがクラスメイトがかばおうとすると、
「はやく来い」
とけんとくんが言った。
「つまんない不良みたい」
とクラスの中の誰かが言った。けんとくんは振り返って声のした方を睨んだけれど、さまになっていなくて、ただ不良の真似事をしているだけのようだった。
わたしは教室を出てけんとくんについていった。けんとくんは普通に歩けばいいのに、自分を大きく見せようと股を広げてポケットに手を入れて肘を広げて歩くので、格好が悪かったし廊下を歩いていても悪目立ちをしていた。
不良ぶっているけんとくんに連れてこられたのは教室の裏手にある階段だった。人通りがなく、どこに繋がっているのかもわからない階段をけんとくんは降りていく。わたしはすこし覚悟をして一段一段を慎重に降りるようにしてついていく。
踊り場にたどり着くとけんとくんは振り返る。
「おい」
わたしはびくりとする。同時に少しの違和感をおぼえる。
「言っただろ、先生に」
けんとくんはどんどん喋っていく。
「次のキャプテンは俺のはずだったのに、態度次第では停学も考えるってことになってて、どういうことなんだよ。その話をされた次の日にたばこ吸ってたのがばれて、それでもう停学、なんでこんなことになったのかわからない」
あれ?
もしかして、これ、ループしている?
復讐は季節をこえて 志村佐和子 @shimura-s
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