沈黙

「組織の上でクーデターが起きた。俺は死ぬ」

 

 兄貴の上司である社長がそう言った。社長は色黒で短髪の男性で、ワインレッドのジャケットを着ている。返り血を浴びてもそのまま外食に行けて便利という理由でこの服装だったはずだ。

 目が妙に澄んでいる。普段もヤクザ者とは思えぬ気の良さを見せていたが、今日は一段と気持ちが悪い。


「どうにもならないのですか?クーデター側に鞍替えするとか方法はあるんじゃないですか?」


 兄貴が尋ねる。直属の上司であり、俺たちのオヤジに当たる人物であるため、そんな簡単に命を諦めるわけにもいかない。


「いや、俺はあのお方以外に仕えるつもりはない。あのお方が人間に殺せるはずがないのでいつの日か帰って来られるだろうが、それでも一時とはいえ他の奴に頭を下げたくない」


 社長はこう言って直ぐに腹を掻っ捌いて死んだ。組織のトップに前から異常な信仰心を持っていたが、ここまで狂っているとは思わなかった。神棚にトップの顔写真を置いている(御真影か?)ような人間だったが、殉死するほどとは思わなかった。

 次の日から全く知らない奴が新しい社長としてやって来た。新社長が一番最初にやったことは神棚からトップの顔写真を撤去し、一流の霊能力者にお祓いを頼み廃棄することだった。

 そして制作体制の拡大として俺が新しく舎弟を持つことになった。兄貴のところにはまた別の奴らが新しく割り振られた。

 自分の裁量が大きくなるのは良かったが、兄貴と離れるのは少し寂しい。




 俺の出世を祝って二人で焼肉屋に行くことになった。

 『肉は高級だが、客はゴミ』という店名の店だった。店名の通り、高級な肉を比較的リーズナブルな価格で提供してくれるので半グレや俺たちの同業の人間やシンプルに態度が横柄な客などが集まっている。


「昇進おめでとう。これはお祝い」


 大口径のリボルバーを渡された。たぶん自動車のエンジンとか撃ち抜ける。


「ありがとうございます。欲しいと思っていたんですよリボルバー」


 俺たちは炭火焼きの網の上で人間のへその緒を焼く。これが食べれるような店であることも客層の悪さに繋がっているのだろう。


「俺は金のためにこの仕事をやっているから別に良いんだが、お前は辛くないか?新体制のごたごたで今なら抜けられるぞ」


 確かに今は新体制への移行で血が流れている。死んだトップに殉じて死ぬ奴や新体制の人間を襲撃する者などで滅茶苦茶だ。それに伴って抜けやすくもなっている。

 不満分子が自主的に辞めてくれるならそれで構わないということだ。

 

「俺はむしろ運が回ってきたと思っているんすよ。そういう兄貴こそこの仕事好きじゃないんだし辞めてもいいんじゃないっすか?」

「いや俺は……俺はこれ以外でここまで金を稼ぐ方法を知らない。金がいるんだ。娘を治療し続けるには」


 兄貴は離婚した元妻との間に娘が居て、それが凄い難病らしい。保険適用外の治療をガンガン受けさせるには金が必要らしい。


「ままならないっすね」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る