人魚の話(3)



 満足気に、本当に満足気に浜木綿は口を開く。


「俺のたてた仮説としては、古事記の頃からある水蛭子は足萎えの不具の子で、福の神として常に座ったままで描かれることの多い恵比寿もシレノメリア症を患っていたんじゃないかって事。それはそれとして、恵比寿信仰の内容に詳しくなかったとしても海から来たものを崇める心は漁村民ならみんな持ってるでしょ。それで漁獲量が減って貧困にあえいでいる漁村にシレノメリアが産まれてしまったなら」


 浜木綿は2人の様子を伺い、その様から精神的にぶん殴る事は無事完遂できていそうだな、と謎に達成感を覚えていた。


「あぁ言っていて今思いついたんだけれど。貧困であるならば栄養状態もそこまで良くないだろうから、先天性の疾患を持った子供が産まれてしまう確率も上がっていそうだね。それで、魚の足と見紛うシレノメリアを海からの贈り物と考える者も出てこないとは言い切れない……そしてその『恵比寿』を飢えなのか食って神に成りたかったのか、なんなのかはわからないけれど食って。罪の意識か武勇伝か賛同を得るためかオブラートに包んで伝承にしたのが八尾比丘尼伝承の大元で婉曲な罪の告白なんじゃないの? というのが俺の考えであり人魚伝承に対する答えだよ」


 はー楽しかった。とでも言いたげなやり切った顔を浮かべて浜木綿はるんるんしている。対して浜木綿を揶揄った代償としてエグ過ぎる考察を懇切丁寧に頭に叩き込まれた2人の阿鼻叫喚具合は酷いものだった。

 ぐじゅぐじゅと鼻も目もぐちゃぐちゃに液体を流しながら泣き喘ぐ通と、どこか部屋の遠い一点を見つめたままの翔太。

 可哀想に、2人とも帰ってこられなさそうな遠いところに心が行ってしまったようだった。

 そんな地獄絵図の広がる遊戯室の扉がぎぃと開けられる。すぐに半身を入れ込んで部屋の中を確認した星見 珠李はぎょっとする。常ならば強面な真顔である星見がわたわたと少し慌てた顔で部屋の中に入り、泣き喚く通にはハンカチを与え翔太には大丈夫か……?と声をかける。目に残る赤い髪の彼はこの中で平然と楽し気にしている浜木綿が元凶なのか?と疑いの目を向ける。正直100人が100人こいつ元凶じゃね?と思うような状況なので然もありなん。


「なに? しゅりちゃん」

「……この2人はどうしたんだ」

「人魚について話してただけだよ」


 人魚というワードに2人は大袈裟にビクつく。あんな思想で出来た野生の地雷とも言えるような内容の独自考察を懇切丁寧に叩き込まれたのだから、当然である。

 星見は何かあったんだろうなとわかった上で詳細を聞くことを放棄した。聞けばきっとこの2人の状況の悪化に加えて己もこの2人の仲間入りを果たして使い物にならなくなる恐れがあると察したからだ。

 浜木綿の悪名高いクソガキエピソードはたくさん出回っているのだ。頭の回転の速さもさることながら知識量もあり天上天下唯我独尊大魔王という終わった性格についても当然共有されている。

 触らぬ神に祟りなし。何か言いたげな顔はしつつも星見は2人を助け起こす。一応念のためにざっと確認したが、2人には肉体的な暴力を受けたような痕跡はない。ならばもう言えることなど何もないのだ。


「……もうすぐ夕飯だ。寮の門扉の締め切り時間も近い。今日は寮に泊まる申請はしているのか?」

「あ、もうそんな時間? ほんとだ。残念だけど今日はそんな申請してないから俺家に帰んね」

「あぁ、気を付けて帰れよ」

「うん。また明日ねー」


 あっさりと浜木綿は手を振って帰っていく。何か一仕事終わって満足して帰っていくかのようだった。

 なんとなくそれに違和感を覚えつつも星見は自分のお願いされた事を果たすために動く。


「……ほら、2人とも。夕飯の時間だ。食べに行こう」

「………………」

「…………ごはん……」


 2人の手を小さな子供にするように取ってやって食堂へと誘導する。そうしてぱたんと閉じられた遊戯室には『人魚姫』の本が取り残されていた。







「そういえば言ってなかったな」

「……なに…?」

「……ぐすっ」

「今日の夕飯は寮母さんが親御さん方におすそ分けで貰った魚の刺身と唐揚げだ。お前たち好きだったよな」

「あああああああああああああああああああああ!!」

「いぃぃ!!ぅっうぇぇぇん!!!あー!!!」

「えっ、ま、ど?どうした……?どうしたんだ……?!」



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