山田編・4
他の同居人もそれぞれ仕事があるようで、夕食の配給時まで顔を合わせることはなかった。
その日はジェイが休診日で、キャンプでの過ごし方や仕事の見つけ方を親切にも教えてくれた。僕が腕の立つ人間かもしれないという見立てで仕事の紹介、もとい外の人間とのコネクションをチラつかせていたが、一旦はお断りをして、キャンプの様子を見て回ることに決めた。が、特に何か妙な現場を見聞きすることもなく配給の時間となり、同居人らと合流することとなった。配給場所へテントごとに順番に呼び出され、その日の食事や必要であれば衣類の援助を受ける。他二人の同居人をジェイに紹介されるが、特に気になる様子はなかった。
上官は「お前は『それ』を判断することができる」などと宣っていたが、本当だろうか。今のところ、世界の至るところにありふれた状況が繰り広げられているだけのように見えるが、本当に何かを見抜くことなど可能なのか。
新入りということで食事以外にも下着類と毛布を配給された。他のグループを見ていると配給場所から離れた瞬間に衣類を取り上げられている人間もいたが、どうやら同居人たちはジェイのおこぼれをもらっているからか、こちらの物品に手を出してくるような素振りはなかった。思っていたよりも快適なキャンプ生活が過ごせるかもしれない。
食事は毎食、成人男性が一日に摂取しなければならないカロリーを無理矢理詰め込んだペースト状の主菜とゼリー状のドリンクに硬いパンだった。贅沢な食事に慣れている人間には苦痛だろう。だが、食べなければ任務遂行もままならない。何らかの肉の香りのするペーストがあるだけでも十分贅沢だとは思う。テントに戻ってそれぞれの部屋で食事を済ませ、その日は消灯となった。
タバコという財産を持っていることによって何か労働をするという必要もなく(そもそも食事と睡眠が保障されているためこれ以上をこの場で求める必要がなかった)、キャンプ内を歩き回りながら妙な連中が居ないか探索をする。外の情報はジェイが勝手にペラペラ喋るためきいていなくても入ってきた。そんな生活が数日続いた。
ジェイの話は世界には『ありふれた悪党たち』の世間話だった。どこそこのマフィア連中が非行少年グループを解体しただとか、その流入で医者の出番が来ただとか、あそこの売春婦は病気持ちだから気をつけろだとか。しかし、その日は妙なことを口走った。
「とあるご婦人が子どもを抱えてんのかと思ったらよ、人形だったんだよなあ。真っ赤なカプセル? 膜? みたいなものに覆われてたから出産直後か殺人かと思って慌てて……」
「……人形?」
「お前も聞いたことあるだろ。子どもを亡くした人間の心がやられてしまって、人形を自分の子どもの代わりに可愛がるってヤツ……多分、あのご婦人はそういった類の……」
「本当に人形だったんですか、それ」
「……気持ち悪いこと言うなよ……」
「ちゃんと取り上げて確認したんですか」
「確認したも何も、どう考えても生物の形をしただけの『何か』にしか見えなかったぜ。ご婦人は大事な赤ちゃんだって言ってたけどな」
僕の勘が妙だと告げていた。キャンプ外においても嗜好品は価値を持つ貴重なもののはずだ。なぜその女だけが『それ』を持ち歩いているのか。
――これが「判断することができる」ってやつか……。
「ジェイさん」
「なんだ?」
ジェイはいつも通り、火気厳禁のテントの中でタバコに火をつける。その火種は心許ない電灯よりも明るく感じるほどだった。
「うううん、何だか、頭が痛いかもなあ」
「……なんだお前。不調でもあるのか」
「これはジェイさんに診察してもらわないと――お代はタバコ一箱です」
診察の対価としては大きすぎる報酬にジェイは咥えていたタバコを床にぽろりと落としてしまう。そこがビニールの張られていない、コンクリートが剥き出しの場所で良かったと思った。
「おいおい、俺をきな臭いことに巻き込むわけじゃあないだろうな……」
「いいえ、あなたの命は保障しますし、そのように動きます」
「……一応、聞こうか」
寸分違わない、誰もが浮かべるビジネスマンの笑顔。それは僕の表情筋に染み付いていた。
「そのご婦人に会わせていただけませんか」
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