山田編・2

 ひび割れたコンクリートの上には広大な難民キャンプが広がっていた。貧しさ故に紛争が起こっているわけではない。地下資源発見による利権闘争の末に民間での紛争が勃発した。その規模は徐々に大きくなり、国を追われる人、いっそ国から脱出したい人が増大した結果、彼らは元々空港だった場所を一時的な避難場所として一日一日を凌いでいる。そのため、見た目だけで言えばスラムに住んでいるような身なりの貧相な人間ばかりではなく、一般家庭やむしろ富裕層出身だろうという人まで、様々な出自を背景に持つ人間がその場にひしめいていた。

 トラブルがないわけではないはずだが、キャンプはある程度統制されている様子だった。国外から支援団体が入り込んできているのもその一因だろう。

 区分けされたキャンプの出入り口には食糧配給時刻のお知らせと人捜しのビラを貼り出すための看板が立っている。避難の最中ではぐれた家族に自身の所在地を知らせるものや、捜している人間の特徴を記したものなど様々な様式のビラが貼ってある。統制されていても、戦火の中を逃れて来るのだ。キャンプは現在落ち着いているが、近場で戦闘が発生すれば途端に人員の管理などできなくなるだろう。

 統制されているとはいえ、件のカメオを所持している人間を探すというのは骨が折れそうだと思った。人探しであれば不審ではないが、『宝探し』は場違いすぎる。誰かから情報を聞き出そうと思っても不審がられるだろう。『現地で異様なものを聞いたり、見たり』するにも、コミュニティに紛れこむ必要がある。

 コミュニティに紛れこむ任務は否応にして時間のかかるものになる。

 やはり面倒くさい任務を押しつけられたような気がする。しかし、面倒がってばかりでも任務は進まない。

 とある区画の出入り口付近でNGO職員らしき腕章を身につけた女に声をかけた。

「すみません、この食事の配給場所って……」

「あら……あなたも避難民ですか――男性一名発見、確認次第案内します」

 女性は特に驚く様子も見せず、耳に装着しているデバイスに触れた。回線をオープンにして上司に連絡を取っているようだった。

「はい。ここに来れば国の外へ出られると聞きまして……」

「大変だったでしょう。まず事務所へ案内しますね。仮の居住手続きをしてください。名簿を作成して避難者の管理をしています。緊急の場合を除き、団体のサービスを受けられるのは名簿記載者のみとなりますので気をつけてくださいね」

「……もし身分証明をできない場合はどうすれば……」

「あくまで仮の居住手続きですので、生体認証と名前を一致させる程度のものです。政府などからの援助・支援を受ける場合は手続きが異なりますが、ここで過ごす分には特に心配しないでくださいね……それから……」

 女は腰に差していた細長い棒のような物を抜き、こちらへ向けてきた。

「少々心苦しいのですが、この場所に入る前に身体検査を行います」

 女が手に持っているのは金属探知機だった。


 事務所だと案内されたのは厚手のビニールで覆われただけのテントだ。だが、区画のどこを見回しても同じような建造といえない物体ばかりのため、事務所も同じ様式になっているのは仕方ないことなのかもしれない。

 女性職員の言葉の通り、身分証明書は特に提示する必要もなく、網膜、声紋、掌紋などの生体情報と自己申告の名前――ヤマダ・タクという男の名が登録されたのみだった。

 半永久ソーラー電池の組み込まれたペラペラのシートを渡される。シートには難民キャンプでの規則や食糧配給時間・場所の説明が記載されており、シート上を指でなぞると次のページが現れ、割り当てられた居住区の場所が記されていた。

 やはり緊急となると物理が物を言うなあと、旧時代の遺物になりかけている媒体を触りながら感心した。

 事務仕事を牛耳っている職員も女だった。その職員は懇切丁寧に内容の説明をしていたが話の半分以上は聞かなくてもわかる、というよりもシートに書いてあることばかりだったため少々退屈な時間を過ごすハメとなった。

「わからないことや困りごとがあれば対応をしますが、事務所にも営業時間が決められていますのでその時間帯で相談に来てください。個人間の紛争の場合は対応できかねることもありますが、なるべくできることをしたいとは思っていますので……」

「ありがとうございます」

「――では、割り当てられた場所へ案内しますね」

 僕自身が特に何か変な行動をとったというわけでもないのに、目の前の女性職員は何やら困り顔をしていた。先程までははきはきと説明をしていたにもかかわらず、だ。誰でもこの表情の変化を妙だと思うに違いない。だが、原因に思い当たるものがなければ追及することもできない。それとも割り当てられた場所が劣悪な環境ゆえにあまり良い顔をできないのか。

 そんなふうに色々考えを巡らせていると特に他の場所と変わり映えのしないテントに案内された。

「先程も少し言いましたが、単身で避難してきた方には数人の方と同じテントで過ごしていただくことになります。一応間仕切りはありますがプライバシーはほとんどないということはお伝えしておきます」

 そういえばそんなことも書いてあったかもしれない。話をほとんど聞き流していたが今伝えられた情報自体は正直想定の範疇だった。

「ここは男性専用区画です。隣は家族連れで避難してきた人々の区画ですので、少々騒がしい時間帯もあるかもしれませんが……」

「ああ……大丈夫ですよ。銃声よりよほど平和的な騒音じゃないですか」

 ハハハ、と笑って見せる。

 今までも騒音が問題になって苦情が寄せられたのかもしれない。そこが心配だったのだろうかと思い、冗談を交えて笑ったのだが。職員が安堵する様子は一向にない。

「そう言っていただけて安心しました……では何かあれば、事務所までお願いいたします」

 どう見てもまったく安心していない。

 しかし職員は他に何を言うわけでもなく、踵を返して来た道を戻っていく。

 女の言動の不一致に疑問を拭えないまま、テントの入り口――厚めのビニールを押し開いた。

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