東雲編・2
会議室で東雲が指摘した人員の少なさは、彼がこの度の事件に招集された理由の紛れもない一因でもあった。本来であれば『Occult Ludic Company』の全員を動員したかっただろう様子も坂本は見せていたが、そういう訳にもいかなかった。上層部の動きがよくわからないというのが原因だろう。警察の内情に精通している人間だけを関わらせたいという意図で東雲個人へ『Occult Ludic Company』に依頼を出したことは言われなくとも理解できた。
そして東雲が任された現場は彼にとっても馴染みのある場所であった。
「おう、祥貴。久しぶりじゃないか?」
「巡回相談も最近は来れていなかったからね。元気そうで何よりですよ――いつになったら廃業するのかな、ここは」
「口を開けばそれか。まだ廃業するつもりはないなあ」
「……実力行使で潰してもいいんだぞ?」
「この店が潰れたら路頭に迷う奴らがうじゃうじゃいるんだ――そんなことをする気もないくせに、アマちゃんだな、祥貴クンは」
「――アマちゃん、ね。よく言われるよ」
経済特区の隙間を埋めるようにいくつも建っている少しだけ古いビル群。その古さを覆い隠すように怪しげなネオンサインやホログラム看板がギラギラと客を招いている。看板も何やら意味ありげな文言――マッサージ、休憩などの言葉が並べ立てられており、いかにもな『花街』を演出していた。
東雲の目の前でニヤニヤと下品な笑顔で受付台に頬杖を突く男はそのビル群の中で商売をしていた。
「セクサロイドによる性風俗業の健全化、なんてまだまだ先の話だぜ、オニイサン」
「わかってますよ……まだまだ高価でメンテナンスも繊細な『アレ』を運用することに比べたら、生身の人間を扱う方が商売をしやすいことくらい――『素人』の僕でも理解できる」
「そうだぜえ。セクサロイドなんて、まだまだ上流階級の人間のモンだからなあ。俺らとしてもそんなもんに職を奪われるわけにもいかねえからよ」
「――だから僕はソーシャルワーカーやNPOに繋げる努力をしているんだよ」
「警官の枠を超えた仕事するのはやめとけよお。いつか体を壊してしまうぜ。大体、うちの従業員だって『稼げる』から働いてるんだ。他人の人生にお節介をかけてる自覚を持った方がいいんじゃねえのかあ?」
図星だった。東雲祥貴にとってその指摘を受けるのは一番気まずい部分だった。すべて東雲のエゴなのだと言われてしまえば議論が停滞してしまう。しかし東雲は内心の動揺を見せることもなくただやんわりと微笑んで目の前の男と同様に受付台に頬杖を突いた。
「自覚は、あるつもりだよ……僕はね、『この職業』の将来性のなさを案じているだけですよ。業態の性質上、従業員は客に人権を蹂躙されることもあるし、心身を持ち崩せば用済みで働けなくなる。ある程度歳を取れば昇進をするなどということもなく、この職を辞めざるを得なくなる――そうなったら次はどこへ向かうのか、あなたもある程度はご存じでしょう。従業員の安全が本来の意味で保障され、その上で将来性も担保されるなら僕だってこんな『アマちゃん』はやってないんですよ」
柔らかな微笑みの中にギラギラと光る憤怒に似た紅の炎を東雲の瞳に見出した男は表情を少し強張らせて、乾いた笑い声を漏らした。
「――アマちゃんのくせに、嫌なことばかり言うねえ」
「人間のことが好きなだけですよ」
「警官のお節介は面倒臭いことこの上ない」
「ええ。お節介をかけるのが僕の仕事なのでね――で、現場は見せていただけるんですよね」
「勿論だよ、お巡りさん」
「その日にその部屋に勤務していた従業員も?」
「呼び出してある――が、話になるかどうか……」
一見非情な言葉をつらつらと並べ立てていた男だったが、哀れみの表情を浮かべて溜め息まで漏らしていた。その表情を見た東雲は事件概要の一部を思い出していた。
――被疑者はいるもののいずれも状況証拠でしかない上、事件当日と思われる日までに妊娠の兆候も見られなかったため、重要参考人として聴取するに留まっている。また、どの重要参考人も精神に何かしらの支障が見受けられるため、入院措置を考慮する必要がある。
被疑者、もしくは重要参考人に逃亡の可能性がないと思われる場合、拘留する必要がないためそのまま在宅させているという事態も稀にある。今回十数件ある内の三件ほどは重要参考人と思しき人間が存在したが、いずれも心神耗弱のため入院をさせるか自宅に帰されるという措置が取られたようだった。その希少な三人の中のひとりがこの店の中で東雲祥貴の来訪を待っていた――正確には待っているという自覚があるかすらもわからないが。
「先に現場を見せてもらおうかな。その女性には後で話を伺うことにします」
「おう。この廊下の四番の部屋だ……と言ってももう綺麗に掃除した後だぜ? いいのか?」
「資料を見ながら現場を確認するのも大事な仕事なので」
「――祥貴は真面目なお巡りさんだなあ」
「実は僕、もう『お巡りさん』を辞めたんですよ」
「……えっ?」
男の素っ頓狂な声を耳にした瞬間には東雲は既に廊下を進み出していた。
「おい! 辞めたのならうちで働けよ! お前なら稼げるぞ!」
「もう再就職済みですよ」
東雲は背中を向けたままひらひらと手を振って返事をする。受付の男は心底勿体ないとでも言うかのように呻き声を漏らしながら、彼が四番の部屋へ入っていくのを見届けた。
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