第4話 この状況見たら誰でも驚くでしょ?

「ところで二人とも、いつの間に水着に着替えたんだ?」

「さっき一度帰ってからね。ここで着替えるの、めんどくさいもの」

「水着の上にジャージ着ちゃえば、楽ちんだしね」

「水着のまま来ればよかったのに」

「うら若き乙女にマンション内を水着で徘徊させるき?」

「恥ずかしいよ~」


 二人とも両隣で5秒もかからないんですけどね。帰る時もサッとタオルで拭いてジャージ着ればいいから楽だわな。謎も解けたし気持ちよくこの涼味を堪能しよう、そう思っていたら玄関のドアが開く音がした。


「ただいま~。雨凄いわよって幸子お泊りじゃなかったっけ、サンダル?」

「母さんおかえり~」

「お義母かあ様、お帰りなさい」

「小母様お帰りなさ~い」


 スタスタとリビングに入ってきた我が母に、お出迎えの声を各々かける(勝美だけ字が違うと思う)。俺が二人をはべらせてるようにしか見えない、この状態のまま。本当に絵面が酷い。


 そんな酷い場面でも、冷静に柔軟な対応ができる現役看護師は伊達ではなかった。


「はい、ただいま。勝美ちゃんと麗奈ちゃんいらっしゃい。プールのお出かけ行くって言ってたけど…無理ね…なるほど。懐かしいわね…昔は三人でよく入ってた」


 さすが母上、判断が速い。


「お風呂沸かしてあるのでどうぞ」

「小母様の朝ごはん…じゃなかったお夕飯作ったので食べてください」

「ありがとう二人とも。遠慮なくいただくわ」


 そう言って脱衣所へ行ってしまった。


「凄いわねお義母様…で普通の対応ができるなんて」

「そうだよね~。この状況はかな~って…」

「まぁ伊達に二児の母やってないしな。看護師の仕事もこれくらい日常茶飯事なんだろう、もよくあるっていうし」


 思い思いの感想を述べつつも、ともプールから出るでもなくそのままでいるんだから人のことは言えない。少しぬるくなったような気もする水の中を揺蕩たゆたっていると、湯上りの母がタオルで髪を拭きながらリビングにやってきた。


「お風呂ありがとうね。あ、焼きそば、美味しそ~いただきます」

「めしあがれ~」


 レンジでチンした焼きそばにソースとマヨネーズを少々、紅ショウガと青のりをふりかけて食べ始めた。人の食べてるところを見ると、自分も欲しくなるこの衝動はいったいなんだろね? 食べれないけどさ…。


「おいし~、 具材の大きさと、からしを隠し味か…切ったのは麗奈ちゃん、炒めて味つけが勝美ちゃん…二人の合作ね」

「「おお~」」

「なんでわかるん?」「「なんでわかるんですか?」」

「主婦だからよ」


 主婦ってスゲー。


「美味しく食べて欲しいって気持ちがこもったものは、すべからく丁寧なものになるの。そして丁寧に作るものは美味しくなるものなの」

「そうなのか…」


 勝美と麗ちゃんが照れてるけれど、誇らしげだ。


「それじゃあ幸子お姉ちゃんが作るご飯が、べちゃっとしてるのと? カレーがなんとなく薄いのはなんでですか?」

「前者は炊くときに単純に水を入れすぎ、後者は目分量の材料で作って粉が足りなくなってるだけ」

「そのお心は?」

「雑」

「それ心がこもってな…ハッ! 殺気が…姉貴、今日は友達の家に泊まってていないはずなのに…」


 こういうときは怖ろしい…。あれ? 確か第六感って磁気を感じる力とかなんとか、まぁいいか。


 母さんは、空いたお皿を台所へ置き、「ごちそうさま。私は寝るから二人ともゆっくりしていきなさい。ちゃんと後片付けするのよ」と言って、をじっと見つめてから寝室に入って行った。


「コータも焼きそば食べる?」

「ん~、い~や、もうちょいあとで食べようぜ。まだ10時前だしなぁ」

「アハハ…そうだね~。静かに涼んでよ~」


 グダグダしてだらけてるうちに、三人とも寝てしまった。



 *



 我が息子ながら、あんなに可愛い女の子二人からあれだけの好意を向けられて、よくのほほんとしてられたわね。あの人の遺伝かしら…。でも夫はそんなに淡白でもなかったし、それこそベットヤクザだったし…コホン。


 部屋にHな本とかあったから、興味がなかったわけじゃないと思うんだけど…。同性の子が好きだったとか? 熟女か年下が好き? 動物じゃなきゃ愛せなかったとか? …ん~…ん…ぁ~時計のでんちかえなきゃ………すぅすぅ。


 柏木幸代さちよ、42歳主婦。息子を思いつつ、でもまぁ大丈夫でしょあの二人なら…しっと眠りにつく。楽観的でないと看護師なんて務まりません。



 *



 今日は、なかなか収穫のある一日だった。あの幸大バカにも人並みに異性への興味があったことが分かり安堵した。なら何で手を出さないのよ、とか私の魅力が足りないの? だとか違う悩みが出てきたけど。


 それでも水着を褒めてくれたことは純粋に嬉しかったし、腕枕されたのは悪くない…初体験だったし、充実していたと思う。


 麗奈の方をたくさん褒めてたように思えるのが気になるけど…、やはり戦力差は大きいか…、いやヒップは勝っていると自負できる。総合力なら負けていない…はず。三人一緒で楽しかったし、よしとしましょう。



 * 



 今日は楽しかった~。プールには行けなかったけど、幸ちゃんと勝美ちゃんと一日過ごせたのは嬉しかったなぁ。三人でビニールプールに入って、幸ちゃんに腕枕されて、水着もちゃんと褒めてくれたし…思い出したら顔が熱くなってきちゃった。


 幸ちゃんにも、ちゃんと異性を気にするところがあって、ほっとしたと言うかなんと言うか。え、えっちな気分にもなったりするのかな…。でも幸ちゃんからそういう目で見られたことないし…私の魅力が足りないのかなぁ。


 勝美ちゃんみたいにスラっとしてヒップに目がいっちゃうような女の子が好みなのかなぁ。男の子ってお胸…好きだと思ってたんだけど。でも今日は三人一緒に過ごせたから満足満足。



 *



 ふぅ…なんとか片付けは終わったか。水を出すのが面倒だったな、空気抜くのは早かったけど。屋内でのビニールプールの課題が浮き彫りにされたな。があると…いいな。



 ………二人とも成長してた。心ね、心。(まぁ身体もね…いやらしい意味じゃ、ないよ?)



 勝美は無表情だったのが少しづつ感情を出すようになった。初めて会ったときなんか世界なんてどうでもいい、自分なんてどうでもいい、さっさと全部終わればいいのにって空気をこれでもかと出してたのに…。表情筋発達してないのかと、顔揉んでやったり、笑わせたり驚かせたりといろんなことやったけど…。


 今のあいつは、ちゃんと人生楽しんでる? ように見える。生き生きしてるって言うのかな…よ~わからんがいいことだろう。過激なスキンシップ? も不快ではないし、あの勝美が人並みに反応するようになったかと感慨深くなるもんだ。



 麗ちゃんも変わった。あんなにおどおどして内気なんてもんじゃなかったのに、俺以外の人とつき合いできないんじゃないの? と子供心ながら心配したものだ。お姉さんぶって俺の世話をしてくれたけど、俺も麗ちゃんが俺以外の人ともつき合えるように、取り持ったりしたのが功を奏したと思いたい。


 胸を張って生きてる? って言うのは大袈裟かな…そうでもないか。自信もって生きてると思う。満ち溢れてはいないけど。まぁ別のところは満ち溢れすぎて、変なのが寄ってこないことを祈るしかないが。俺が変なの筆頭だったわ。


 偉そうに言ったけど、俺自身はそんな大層なことはしてないしな。


 二人が幸せそうなら、まぁいいか。



やまない雨はない…そして日々は続いていく

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