第32話 魔界から来た少年(莉緒視点)
今、私は悠人と手を繋いで、歩いて登校しているところ。カンカン照りの暑い日差しも、まるで私のことを祝福してくれる天の意思であるかのように思えてくる。
マジで夢見た大好きな彼氏との登下校。本来なら、私はルンルン気分なはずなのだけれど。
昨日、私は悠人がコンビニの話をした後、気になりすぎて、すぐさま雷人と風華へ相談していた。
その時の会話はこんな感じだ。
────…………
「ねえ。この悠人の話、どう思う?」
【研究所の奴らである可能性は否定できないな。防犯カメラには何も映ってないのに、強盗が一人でに吹っ飛んだんだろ?】
『オーソドックスな
「やっぱそうだよね。でも仮にそうだとして、私たちと関係あるのかな……」
【さあな。悠人の話だと道を尋ねてきただけのようだから、まあ偶然の可能性が高いと思うが】
『あんまり気にし過ぎてもしゃあないと思うよ。もし風華たちを狙ってきたんなら、悠人のことくらい調査してるはず。今頃きっと人質にされてるよ。ただ……』
「ただ?」
『一つだけ懸念材料はある。この前、飛び降り自殺の人を助けたでしょ? あの時、その場にいた誰かが撮影した動画や画像をSNSにアップしたりして、それを研究所の奴らが見たとしたら、莉緒の存在はバレたかもしれない』
「え……でも、そっからどうやって追跡すんの? 私の家なんてわかんないじゃん」
【例えば、撮影された動画の日時と場所から、街や駅に設置されている防犯カメラ映像を追えば、住んでいる地域は大まかにはわかる。忘れるな、あいつらは国家組織なんだ】
『だからね、風華はリスクが高いって言ったんだ。飛び降りの人の命を助けても、代わりに莉緒が命を狙われちゃうかもしれないんだから』
その危険性は、ずっと前からこの二人に注意喚起されていた。
私だって馬鹿じゃないし、自分の命だって惜しい。
ただ、そうだとしても、だ。
助ける力なんて持っていないのならまだいい。どうせ助けるなんて無理だったと思うことができるから。
でも、助ける力を持っていて助けないのは全然違う。本当にこれで良かったのかと、この先もずっと迷うことになる。
そんなことの積み重ねが、私に影を作っていく気がするのだ。
せっかく悠人が光の当たるところへ出してくれた。一度入ったら脱出困難な影の中から、希望を持って生きていける光の中へ。
もう選択を間違えてはならない。
二度と影の中へ入るようなことをしたくない。
【だが、それがお前にとって必要なことなら俺たちは反対はしない。だから風華も結果的にはあのスーツ男を助けたろ? そして俺たちは、それによって発生した危機は全力で排除する】
『もちろんだよ。〝風神雷神の御子〟と呼ばれた風華たちの力の真髄を思い知るだけだね。一騎当千どころか一国家の軍隊であろうと風華たちは退ける』
【戦闘態勢に入った俺たちを殺すことはほとんど不可能だ。唯一、遠くからスナイパーライフルで狙われるのだけが一番危険な攻撃方法だな。不意を突かれたらマズい】
『核爆弾を持ってこようと完全に準備した風華たちは殺せないよ』
頼もしいけど怖っ。
マジでもう人を殺さないでくれと切に願うわ。
────…………
悠人と手を繋ぎながら学校へ入る。
校門を通り過ぎた後も、繋いだ手は離すことなく教室へ。
私たちは同じクラスだから、つまり教室に入るまで手を繋ぎっぱなしだった。
神田さんと上田くんが、手を離す瞬間の私たちの様子を目ざとく捉える。
上田くんは「やっぱりかよ」みたいな顔をして蔑むように見てきたくらいだったが……しかし神田さんは気に食わなさそうな顔でこっちへ寄ってきた。
どうやら何か文句を言うつもりらしい。
「ねえ。学校の、しかも教室内でそういうふうに手を繋いだりすんのはちょっと風紀的に問題あるんじゃないの?」
あなたに関係ないでしょ、と私は言い放ってやろうかと思ったが、私の肩に手を置いた悠人は、私にニコッと笑顔を向けた。
「悪い! ごめんな、ちょっと付き合いたてなもんで。気をつけるよ」
悠人の言葉に、神田さんが顔色を変える。
見た感じ、神田さんにとっては少し予想外の回答だったらしい。
「え。……マジで付き合ったの?」
「そうだよ」
神田さんは顔を歪めて、瞬きを増やしながら信じられないとでも言いたげなジェスチャー。見るからに動揺していて、私でなくとも彼女の恋心はすぐに気取られていただろう。
やっぱ風華の言う通りだったらしい。こいつ、悠人のこと好きだったんだ。
神田さんは、予想の通り狼狽えたように口をひらく。
「え。な、なんで? 青島くん、結構暗い女の子が好きなんだ? はは、どうしてだろうね。確かに天堂さんはさ、顔はいいかもしんないけどさ、暗い人って楽しくないよ?」
うわ! うっとうし。誰が根暗だボケ。
こいつ、よく本人を前にしてそのセリフを吐けんな……。
私は正面切って毒づいてやろうかと思ったが、依然として悠人は笑顔のまま優しい声で。
「一緒にいて楽しいかどうかは俺が決めるよ」
「っっ──……。かっ、勝手にしたら!」
単に言い負かされたからではなく、どうやら心が傷つけられたのであろう神田さんはどこか泣きそうな顔をして去っていく。
それを遠目で見ていた上田は、何か心に決めたような顔をして、私たちのほうへ歩いてきた。
また来たよ。このコンボ、マジでウザいな!
まあ、さっきの神田さんのあからさまな反応を見せつけられたら、こいつとしても黙ってはいられないか。
私は腕をまくって、そろそろ一発ガツンと言ってやろうかと思ったが、私の頭をポンポンした悠人が、またもや。
「おい、前もそうだったけどよ、お前らの言い分が間違ってんだよ。神田は間違ったこと言ってねえだろ、教室でイチャつくなって言っただけだろ! その神田を傷つける権利がお前らにあるのかよ」
「気をつけるよ、って言っただけだけど」
「暗い奴がいたら楽しくないってのも合ってんだろ! 教室全体が暗くなんだよ」
え、そこまで言う? この陽キャ信者が!
「大人しいクラスメイトがいるのも普通のことだろ。それも含めて、お前らがいたら十分明るくできるだろ。なるべく気ぃつけるけど無理やり言われても従わないよ」
「むっ、無理やりじゃねえよ! お前らが間違ってるって言ってんだ。俺が一人で明るくしてもダメだろうが。教室が明るくなるようにみんなで協力すんのが当たり前だろ!」
どういう見方をしたらそう言い切れるんだろう。
ほんと、こういうやつの考え方は理解に苦しむ。
自分と違う人のことを尊重しようなんて考え、こいつらの頭には微塵もないんだろうな──。
「いろんな奴がいるのが学校だから。それを認めてやっていくのがむしろ当たり前だと思うけど」
「……っ。お前とはこれ以上話をしても無駄だぜ。全く話にならねー」
自分が正しいことを最後までアピールしながら上田くんは去っていった。
結局、何を言われても私に一言も言わせずに私を守ってくれた悠人は、私が「ありがと」と言うと、また私の頭をポンポンして、ニコッと微笑んでくれた。
あ──……。マジで好き。カッコよ──……。
神田さんと上田くんに死ぬほど恨まれてもなんとも思わない。
好きな人ができるって、ほんと素敵なことだなぁ……。
まあ……逆に、神田さんが悠人のことを好きだったとしたら、神田さんにとってこれは地獄なのか。
でもそれはしょうがないよね。私だって譲れないんだから。
お昼休みになる。
私たちは、いつものように中庭でお昼ご飯を食べるために、食堂方向へ向かっていた。私たちの教室から最短で中庭に出るには、食堂を通るのが一番早いからだ。
私たちの教室は、職員室がある棟とくっついている。
だから、たまに先生たちともすれ違ったりするのだが……今日、私たちが一階に降りたとき、ちょうど一人の先生とすれ違った。
その先生は二人の客人を連れていた。
一人は、パンツスーツで眼鏡を掛けた女性。
もう一人は、ぱっと見、中学生にも見えるほど年下っぽい感じの男の子。
その様子から、私は転校生じゃなかろうかという印象を抱いたのだが。
「……あっ! この前のお兄ちゃんじゃん!」
「え? ……あっ、この前の!」
「ごめん! 僕、お兄ちゃんにお礼すんの、すっかり忘れてたよ!」
「ああ、そんなのもういいよ。道教えんのなんて別に普通だし」
どうやら悠人はこの子のことを知っているようだった。
満面の笑みを浮かべた純粋そうな感じの男の子は、いきなり悠人の手を握って、ベタベタと引っ付く。
可愛いって言えば可愛いけど、なんかちょっと変かなって思ってしまうところがある印象。
「……悠人、誰?」
「ああ、昨日話した、コンビニ強盗の男の子だよ」
「初めまして! 僕、
「ああ、そうだね。俺は青島悠人。こちらは天堂莉緒」
「そうなんだ! 初めまして、天堂さん」
「……初めまして」
どうにも、私はこの刃野という少年に気味の悪さを感じて仕方がなかった。
良い表現が浮かばないが、とにかく仲良くなれそうにない気配が漂うのだ。何というか、魔界から来た少年だと言われればスッと腑に落ちそうだ。
脳内会話で雷人と風華に話しかけ、こいつのことをどう思うか聞いてみた。
しかし応答はない。寝ている訳はないと思うが、こんなことは初めてだった。
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