第31話 とうとう確信を得た?
コンビニ強盗のせいで警察が来ちゃったので、俺は事情聴取を受けていた。
こんなことは初めての経験だったから、俺はコーラとかお菓子を買いに来たのだということをすっかり忘れてしまっていて、気がつけばそこそこ時間が経っていたようで……。
莉緒から電話が掛かってくる。
「……どうしたの? 何してるの?」
「いや──……。帰ってから話すわ。とりあえず、もうすぐしたら解放されるっぽい」
「解放? ……何やってんの」
「なんか人助けしてね。お菓子とか飲み物買ってたら、そしたら、え──……逆に人助けされたっぽいんだけど」
「……幼稚園からやり直し、だね。説明がひどい」
事情聴取で一時間ちょい拘束された。
俺はただ居合わせただけの客ってことで警察に説明したし、店内の防犯カメラにもそのように映っていたのでそんなにしつこく聴取はされなかったのだが……。
ただ、警察官と一緒に見た防犯カメラの映像には、赤く光る少年の瞳がまともに映っていた。
当然の如く光の反射加減か何かでそう見えただけだと思われたのだろう、事情聴取でも特に触れられることはなかった。
だけど、彼の瞳を直に見た俺としては、当然、光の反射加減などではないことは十分にわかっている訳で。
さらに言うなら、俺はもう一人、瞳の色が変わったように見えた人物を知っているのだ。
それは今の今まで、やはり何かの間違いじゃないかと俺は思っていたのだけど。
こんなものを目の当たりにしたせいで、瞳の色を変える人間というのはやはり本当にいるのではないかという疑問が再び浮上してきてしまった。
瞳の色を変えた莉緒。
その彼女の目の前で起こったことは、俺の頭がイカれてなけりゃ……いやイカれているからこそそう見えたのか、莉緒の体から発生した風がビルの上から飛び降りたはずの男の人を包んで地面との衝突から守った……という、人間では成し得ない、突拍子もない出来事だ。
そしてまたもや、瞳の色を変えた人間の目の前で奇怪な事象が発生した。
メットが割れたのは、遠くから警察官によって狙撃されたとか無理やりこじつけて説明することは可能。
でも、事前準備も何もなく、誰も触れていないのに、ひとりでに人間が吹っ飛ぶのは説明ができない。
さらには、サバイバルナイフを持った強盗に対峙した時の、この少年の落ち着き払った態度。
それもまた、飛び降り自殺者を目の当たりにした時の莉緒……いや風華ちゃんの冷静極まりない振る舞いと重なって見える。
いずれも、目の前の事態をなんとかできると思っている人間の態度なのだ。
普通なら本気で信じたりしない事だが、これだけ揃うと一言尋ねたくもなってくる。
……が、瞳の色を赤く変えた張本人は完全にすっトボけモードに入ってしまった。
「あー、ほんと大変ですよね。こんなことになっちゃうと、お店の人も」
「……君が、関係あったりするんじゃないの?」
「はい? 何がですか?」
「これとかさ」
俺は、コンビニ店内を指さして少年に尋ねたつもりでいた。
もちろん、強盗をやっつけたのがこの少年ではないかと疑って俺はこう言ったのだが。
「説明がひどくて意味がわかりませんが」
「うぅ……。ええっとね……具体的に言うとね、ヘルメットがあんなに粉々に割れたりしたこととかさ」
「誰かが何かを投げてくれたとかじゃないですかね」
「そんなの、防犯カメラにも映ってなかったでしょ?」
「だから僕が関係あると?」
「…………かな、って」
「あのねぇ……僕が一体、何をできたって言うんですかぁ? ほんと面白い人だな。僕が何かをしたことも、防犯カメラには映ってなかったですよね。ってかお兄さん、僕の真横にいましたよね。僕が何かしましたか?」
「……だね」
すっとぼけ方まで、なんだかあの時の風華ちゃんと被って見えてしまうが……
かといって、これ以上は問い詰めようもない。
俺が思い悩んでいると、店内に一人のパンツスーツ姿の女性が入ってきた。
髪を後ろで一つに束ねた眼鏡の女性。
眼鏡イコール知的、なんて思っちゃう俺が単純なのかもしれないが、どこかスマートで知的な印象を感じさせるこの女性は、俺と一緒にいる少年のところへ一直線にやってきた。
「
「あのね……さやちゃん、バカなの?」
さやちゃんと呼ばれたこの女性は、俺が感じた「スマート」と言う印象を裏切る罵倒を何故か少年から受けしまう。
それから、俺のほうへ視線を向けてハッとしたようになった。
別にズレた様子もないのに片手で眼鏡をスッと上げる様子がやはり知的に見えたのだが、それは俺の勝手なイメージなのか。
彼女は気を取り直したように話を続けた。
「……とりあえず、行きましょう」
「あ、すみません! あなたはどちらさん?」
現場関係者を勝手に連れ去ろうとしたからだろうか、警察官がこの女性のことを呼び止める。
女性は振り向き、心底ウザったく思ってそうな表情をして答えた。
「この子の親戚の者です」
「そうですか。彼には連絡先やらお名前をお伺いしましたが、保護者の方も、一応お名前を伺っておいていいですか。こちらに書いてもらって……」
女性は、警察官が渡そうとしたメモ用紙を無視して名刺を差し出す。
「中野と申します。何かあればこちらまで」
またねー! と元気よく手を振る玲偉くんと、俺をジトっとした目で睨む親戚のさやちゃん。
反応がアンバランスなこの二人に手を振ってから、俺も莉緒の待つ家へと帰ることにした。
◾️ ◾️ ◾️
「……それで? ちゃんと私にわかるように話せる?」
腕を組んで敢えての半目で睨みつつ、五歳児に言い聞かせるように言う莉緒。
メイクなんて完全に終えて待ちくたびれちゃったのだろうか、まあまあ怒ってる。
ま、そりゃそうか……。せっかく二人でデートできる貴重な日なのに、コーラを買ってくると言って家を出て行ったっきり一時間以上も帰ってこない彼氏。電話を掛けたら掛けたで、意味不明なことを宣って説明も満足にできないときたら。
「……だいたいね、せっかく二人でデートできる貴重な日なのに、コーラを買ってくると言って家を出て行ったっきり一時間以上も──」
「ごめん! ほんとごめん! 色々アクシデントがあって!」
これはもう平謝りするしかない。
別に俺も悪くはないと思うけど、莉緒はもっと悪くないのだし。
「……アクシデントの中身を説明しなさいっての」
「コンビニ強盗が現れたんだよ」
「……マジで?」
「マジマジ! ただ、その強盗がひとりでにメットがぱあん! って爆発しちゃって、それから吹っ飛んで壁に当たってぐったりなって。でも、俺の横にいた少年が突っ立っていて、何もやってないんだけどどうやらこいつがやったんじゃないかって俺は思ってんだよ!」
「……いったん死んだ方がいいかも」
その後も俺は落ち着いて説明する機会を与えられたが、どうやら俺という人間は説明が下手くそな人物だったらしい。
結局は、頭上にハテナマークを浮かばせた莉緒が、何度も俺の言葉を復唱してようやく理解していただけるに至る。
長期戦になると見込んだのか莉緒は話の途中からチョコレートの袋を開け、ため息をつきながらだんだん片手間に話を聞き始めたので俺はちょっと悲しくなった。まあ話の途中でミルクティーのおかわりを淹れに行かなかっただけまだマシだったかもしれない。
「……でも、その強盗、なんでそんなことになったんだろうね」
「そうなんだよ。そういやさ、気になるのは、その玲偉って男の子、瞳の色が赤くなったんだよね。最初黒だったのにさ」
チョコレートをお上品にかじっていた莉緒は、俺の言葉で口の動きをピタッと止める。
この話題、もしかしたら何か反応があるかな〜、なんて思って言ってみたのだけど、思いの外、莉緒はあからさまに反応してくれた。
「……瞳の色?」
「そう。まるで、飛び降り自殺の人を風で覆って助けた時みたいだよね」
「……なんの話?」
「ううん。何にも」
俺はにこやかに微笑み、莉緒は無表情のまま、俺たちはしばらく見つめ合っていた。
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