第23話 阿修羅感、半端ないわぁ
海当日。俺と莉緒は家が同じなので、例の如く莉緒の家の玄関前で待ち合わせする。
「……おはよ」
玄関ドアを開けて出てきた莉緒。
うつむき、控えめな様子は個性なのかやはりそこは変わることはないが、うっすらと微笑んでくれる様は以前とは一八〇度違う。
とはいえ、俺がこのように、
「おはよっ。昨日は俺に会えなかったから、寂しかったでしょ?」
と意地悪っぽく言うと、
「……もうっ……勘違いしないでよねっ」
ゴニョゴニョと、恥ずかしそうにしながら顔を赤らめる。
以前のように突き刺すような冷たい視線は向けてこなくなった。
こんな様子の莉緒を見てると、なんかどんどん虐めたくなってきてしまう。
二人で手を繋いで駅までの道のりを歩いた。待ち合わせ場所は駅なのだ。
それではいったい誰と待ち合わせているのかというと。
「やあ、おはよう風華。ってか、今は莉緒ちゃんなのかな?」
すでに先に駅に着いていて、莉緒の姿を見るなり爽やかに挨拶してくる高身長のイケメン・和也。
俺はこいつが嫌いだ。
別にこいつが悪いわけじゃないが、莉緒のカラダを以前から好きなようにしている輩に嫌悪感を抱くなと言うほうが無理だ。
「悠人。ごめん、風華に代わるね」
莉緒は例の如く無表情になる。じわっと表情が現れて、やがて溢れるような笑顔を作った風華ちゃんは、飛びつくように和也に抱きつく。
そしてすぐさまキスし、胸に顔を埋めて抱き合っていた。
「む〜〜……」
納得いかねぇ!
よくも俺の莉緒に、俺の目の前でそんなことをっ……!!
頭では分かっていても、目の前でやられるとやはり瞬間的に沸騰する感情の処理に困った。
仮に閉じこもっていたりしたら莉緒には記憶がないかもしれないが、実際問題、莉緒の体は他の男に愛されている。
今だって、あいつの唾液が口に残ったまま、このあと莉緒の意識に戻るんだ。ともすれば、戻った後にあいつの「味」を感じることもあるかもしれない。
クソッ!! もう莉緒の体を完全洗浄してやりて──……。
それにしても、絵面のインパクトが衝撃的すぎる。
ついさっきまで俺の隣で俺と手を繋いで幸せそうにしていた莉緒が、突如として目の前にいる別の男に抱きついて熱烈なキスをした挙句にその男の胸でうっとりしているのだ。
これがショックを受けずにいられるか…………くぅ。
俺が涙目になりながら歯をギリギリしつつ二人を睨みつけていると、俺の様子に気づいた風華ちゃんは、あはは〜ごめんね悠人〜、と陽気に笑って後ろ頭を掻いていた。
と、そこに二人目の待ち合わせ対象者、結衣さんが登場。
「雷人。おはよ」
クールな感じで挨拶してくる結衣さん。
またもや表情がサッと変化する莉緒。表情も態度も次々とせわしく入れ替わって、今日は一段と阿修羅感が半端ない。
前から俺の頭によぎっている「実は途轍もなくモノマネが上手い莉緒が三人分の人格を演じている説」が頭の片隅からどうしても追い出せないところではあるが。
その場合、三人の人格全ての恋人が一堂に会して遠出デートをするなど、莉緒にとってボロが出るリスクが高すぎる。「雷人と風華の恋人も連れて行っていい?」なんて気軽に言い出せるような難易度のイベントではないはずだ。
信じる。
俺は信じるぞ、莉緒!
「おう。やっぱお前はポニテが似合うな。俺、すげぇ好きなんだよお前のそれ」
「知ってる。だからこれにしてんの」
可愛らしい莉緒の声を使って荒々しい言葉遣いをする雷人くんは、照れくさそうに笑顔を作る結衣さんの首の後ろに片手を回し、そっと抱き寄せてキスをする。
結衣さんは莉緒よりほんの少しだけ背が高いので、莉緒は──違った、雷人くんは少しだけ上を向くような形になっている。
人格は入れ替わっているので実質的にはちゃんとしたカップル同士の愛撫なのかもしれないが、もちろん、周りの人々から見ると莉緒が順番に三人とキスをして回っただけである。
この奇妙な光景に俺が閉口していると、雷人くんが全員に向けて喋った。
「あ〜〜……、みんな聞いてくれ。今日は和也と結衣も呼んでのトリプルデートなんだが、事前に説明した通りメインは莉緒と悠人のデートなんだ。俺たちも楽しみたいからちょいちょい入れ替わってもらうことにはなるが、付き合ったばかりの二人が仲を深めることを今日の主眼としている。よって今日は、この体は〝莉緒〟がメインになるから、すまんがそのつもりでいてくれ」
和也は「はーい」と軽い返事をし、結衣さんは無言で俺を睨んだ。
莉緒と俺が幸せになれる方法が何かあるかもしれない──なんて息巻いてみたものの、あるのか、そんな方法!?
マジで俺は不安になってしまった。
◾️ ◾️ ◾️
とりあえず、俺たちは目的地の海水浴場を目指して電車に揺られていた。
今日のメインということで、電車の中は莉緒が制御権を得て良いという運びになる。
俺と莉緒は隣同士で座り、少し離れたところに結衣さんと和也が座っていた。俺はもうこの男のことは心の中では呼び捨てだ。
「……ごめんね。やっぱり傷つくよね、あんなの」
「莉緒は、ああいう時は見えてるんだ?」
「……うん。さすがに風華や雷人が
凄い事、かぁ。
うーん。和也と風華ちゃんの場合は概ね想像がつくけれど、雷人くんと結衣さんの凄い事ってのはイマイチ想像がつかん。それはちょっと見てみたい気もするな……。
……ほら! やっぱこう思うじゃん!
あの人たちの行為を見たくなっても何の不思議もないって!
莉緒、本当に閉じこもってんのかな……。
それに、莉緒は「あれくらい」と言うが、俺には結構なショックだった。普段からあの二人の振る舞いを見慣れていると、そういう感想になるのだろうか。
考え事に耽る俺の手を、莉緒はキュッと握ってきた。無意識に俺が暗い顔をしてしまっていたからだろうか。
ダメだダメだ、せっかくの海デートなのに暗い顔をしちゃ!
気を取り直して俺は莉緒に微笑みかけるが……莉緒の表情を見て、俺はハッとした。
単に好きな人の手を触りたいからという理由で手を握った訳ではないように思えたのだ。
まるで、いつか居なくなる大切なものを、今のうちにできるだけ堪能しておこうとするような。
悲しそうに微笑む莉緒の顔に、俺は自分の決意の強さを試されているかのように思った。
ギュッと、自分の気持ちが伝わるように強く握る。
「大丈夫。言ったろ、俺は莉緒のことが好きだ。他の二人になんて負けないくらい、大好きだから」
溢れる幸せと思い詰めた悲しみを同居させたような顔をした莉緒は、俺の肩にとん、と頭を預けた。
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