第22話 莉緒をシェアする人が三人になったから……



 衝撃の事実を俺に告げた莉緒──いや雷人くんは、トロンとした目つきになってしまっているその女子の腰を片手で抱きながら、鋭い眼光を俺に向ける。


「とりあえず帰れよ。莉緒は、帰ってからお前と話をするって言ってんぜ」


「……はぃ」


 こう言う以外になかった。

 てか、他にどうしろっての?

 まあ、跡をつけた俺が最初から悪いんだけどさ。


 俺は、すこぶる苦手な不良モードの雷人くんを前にしてすごすごと引き下がり、トボトボと家路に着く。

 

 そうだったんだぁ。今日は雷人くんが彼女と過ごす日だったんだ。

 そりゃそうか。風華ちゃんが彼氏いるんだから、雷人くんに彼女がいてもまあ不思議じゃないとも言えるが。

 

 だって、莉緒の体は女の子じゃんか! だからまさか彼女・・がいるとは思ってなくて。

 あの相手の女の人、同性愛者なのかな。しかしあの人もすごい美人だったな……。


 俺は、雷人くんに責められて完全に目がイっちゃってるその女の子の顔つきを思い出して、なんだかドキドキしてきてしまった。

 まさに「堕ちている」と言うのが相応しい彼女の表情は、なんとも言えない妖艶な雰囲気をプンプン醸し出していたのだ。


 いやいや俺には莉緒が! 

 

 俺はブンブン頭を振った。




◾️ ◾️ ◾️



 

 夜の九時。

 莉緒から連絡が入った。


【もう大丈夫。今は家にいるよ! どうする? ちょっと遅くなっちゃったけど……】


【今すぐ行く!!!!】


 いつでもスマホを見れるようにスタンバッていた俺は、速攻でこのメールに返信した。

 

 急いでエレベーターに乗り、一階エントランスを出る。

 やっと莉緒に会えると思うと心が浮かび上がりそうだった。無我夢中でマンションの敷地内を走って莉緒の家へと一直線に向かった。

 と、莉緒の家の玄関ドアを視界に入れた時、その前に一人の女の人の姿が目に入る。


 誰だろう、と思いつつ眺めていると、街灯の光で次第に見えてきたその人の顔は、昼間、雷人くんに繁華街の路上で責められていた雷人くんの彼女だった。

 

 彼女は、俺のことをじっと睨んで立っている。


 雰囲気からして、どうやら俺のことを待っていたのではないかと思われた。

 昼間の彼女の色っぽい表情を思い出した俺は一瞬ドキッとしたけど、今、彼女はそんな雰囲気を微塵も出すことなく俺を睨みつけている。


 なんかやっかいなことになりそうだ。

 彼女を無視して玄関ドアのチャイムを鳴らしてやろうか?

 でも、俺に用があってワザワザ待っていたならそれはそれで悪いので、そんなことはせずに俺から声をかけることにした。


「……あの」


「あんた、雷人の何?」


「はい?」


「昼間、雷人のこと追っかけて来たよね。それって、あたしのことが気になったからでしょ? 莉緒ちゃんの彼氏だよね、あんた」


 どうやら事情は知っているようだ。きっと雷人くんから聞いたのだろう。

 なので俺は、隠すことなく答えることにした。


「はい」


「はぁ……これでまたシェアする奴・・・・・・が増えちゃったわけね。あんたのおかげで、雷人に会える日がまた減っちゃうじゃない」


 なるほど。事情を知っているからこその悩みか。

 この人も、きっと色々悩んでんだろな……。


「あたしは結衣ゆいっていうの。一つだけ、ルールを伝えておこうかと思って待ってた」


「えっと。俺は悠人です。ルール……? なんのことですか?」


「絶対に、雷人──いえ、莉緒ちゃんのことを妊娠させないで。避妊は確実にしてね。彼女の体は、あなただけのものじゃないから」


「え……と。はい、努力します……」


「努力じゃダメ。絶対。義務。他の共有者に対する最低限のマナーよ、それは。どこの馬の骨とも知れない男が雷人の体を好きにしてるってだけでもムカつくのに、後から出てきた新参者・・・のあなたが勝手に妊娠させたりしたら、マジでぶち殺すから」


 雷人くんに負けず劣らず強烈な視線で俺を刺す彼女。

 俺の優秀な不良探知機によると、この人もヤンキーで間違いない。


 そしてどうやら、彼女の憎悪の根源は俺と同じものらしい。

 自分の愛する人のカラダを好き勝手に弄る赤の他人に、除し難い嫌悪感を抱いている模様。

 まさに俺は昼間、完全に彼女が懸念している通りの欲望を抱いていたのだが……。


 確かに、この人の言うことは筋が通っているように思った。

 莉緒の体の中にいる三つの人格に優劣はないだろう。それぞれが感情や心を持ち、それぞれの人生を歩んでいる。ただ、体を共有しているだけなのだ。

 なら、各人格の恋人たちにも優劣はないし、どちらかといえば古参の者にある程度の権限があっても納得はいく。

 

 それに、この人は古参の者の権限を主張しているわけではなく、ルールを守れと言っているだけだ。

 そりゃそうだよな。もしあの和也がそんなことしでかしたら、マジで殺してやろうかってなると思う。


 結衣さんは、それだけ言うとさっさと帰っていった。

 俺は彼女の後ろ姿を眺めながら、複雑な心境でチャイムを押す。


「はぁい」


「俺。悠人だよ」


「ん、今開ける」


 カチャ、と解錠する音がしてドアが開く。

 俺を見た瞬間に顔色を明るくする莉緒。さっきまでの複雑な心境は一瞬にして吹っ飛び、俺は彼女をギュッと抱きしめた。


「……好き」


 俺の耳元でぼそっと言う。

 愛しい気持ちが爆発して、莉緒を抱く腕に力が入る。家の中に入るのも忘れて、俺たちは玄関先で口付けを交わした。


 たぶん十分間くらいやっていただろうか、ようやく家の中に入るという発想が頭に戻ってきたところで莉緒は俺を中へ入るよう促す。


 飲み物を入れるね、と言った莉緒は、特に俺の意向を尋ねることもなく、普通にホットコーヒーを出す。

 どうやら俺がコーヒーが好きだと言ったことをしっかり覚えてくれていたらしい。

 莉緒はまたもやミルクティーを淹れていた。どうやら莉緒は紅茶党だ。


「や〜〜、ほんとびっくりしたよ」


「……ってか、跡をつけてたの?」


「ぎくっ」


 いつものように小さな声で痛いところを突かれる。

 そうだ。まずはそこからだった。


「……ごめん。つい」


「……ふふ。雷人がさ、褒めてくれたんだ。私のこと」


「ああ、なんか〝よくそこまで虜にしたな〟的なことを言ってたような」


「そうだよ。風華も〝すげぇじゃん〟って。あの二人、まさか悠人がそこまでするタイプだとは思ってなかったみたい」


「う〜〜……」


 マジで恥ずかしい。

 自分自身の嫉妬心を制御できなくなってしまったわけだし。

 それって莉緒の手柄なのかどうかすら、もはや良くわかんないけど。


「莉緒の体の中にいる三人は、三人とも付き合ってる人がいるんだね」


「そうなの。私だけいなかったんだ。でも、私はこれから先も、ずっと誰とも付き合うつもりはなかった。友達だってできたことはないし、作るつもりもなかったんだ」

 

 一人で生きようとした理由を、そろそろ尋ねてみてもいいのだろうか。

 彼女が言いたくなければ、それ以上は尋ねられないが……。


「思ったことをきちんと出していく延長線上に人を幸せにする力がある」と言った自分の言葉をまた思い出す。この言葉は、俺の人生の要所要所で頭の中に浮かんでくる。だからこそ、莉緒に伝えたかった言葉でもあるのだが。

 いざ、それを実践するのはなかなか勇気のいることなのだ。


 莉緒だって、自分のことを出していこうと頑張ってくれている。

 なのに、俺がこうやってモヤモヤしたことを内に溜め込んでちゃダメだ。

 何も言わずにいるよりも。

 思ったことを、出していこう。


「話したくなければいいんだけど。どうして、ずっと一人でいようと思ったの?」


 水着を買いに行って以降は、表情から影を消していた莉緒。その顔に、久しぶりに影が宿る。

 やはり言いずらいことなのだろう。一生を一人で生きていこうと決意するほどなんだから、明るい話であるはずがないのだ。


「ごめん。いいんだ、話さなくても──」


「私ね、昔、大切な人がいたの」


 ソファーを背にして床に三角座りした莉緒は、床に視線を落としながら話し始めてくれた。

 俺は、今までより先に進めたことがすごく嬉しかった。莉緒の言葉に、黙って聞き入る。

 

「前に、名前で呼ばれない時期があった、って言ったでしょ。その頃の話なの。私はそこ・・から逃げ出すことをに提案したの。彼は、私の言うことに従ってくれた。でも、結果、彼は命を落としちゃった。私だけが助かったの。だから、もう二度と、私は自分の意見なんて言わないようにしようって思った。私に関わった人はまたそうなっちゃうかもしれないから、友達も、好きな人も、二度と作らないようにしようって思った」


 あまりにも非日常的な話。なんのことか検討もつかない。

 詳しい説明を求めたかったが、莉緒が話さなかったところは、きっと問い詰めたところで話してくれることはないだろう。

「大切な人を死なせてしまった」というところだけはわかった。俺は、それだけで十分だと思った。


 俺は立ち上がり、莉緒とソファーの間に体を入れる。

 初めて莉緒の部屋に来た時と同じように、莉緒を後ろから抱きしめた。

 莉緒もまた、あの時と同じように、頭を後ろへ傾けて俺の肩に置く。

 前と違ったのは、俺たちは、そのままキスをしたことだった。


 二度と人と関わらないと決めた莉緒がどうして俺と付き合ったのか?

 愚問だ。それは聞くまでもないことだ。いや、絶対に聞いてはならないことだ。場合によっては、聞くことによって莉緒を追い詰めてしまうかもしれない。

 

 莉緒だって人間だ。幸せになりたいに決まっている。

 自分の気持ちなんて、完璧にコントロールできるなら誰もが苦労なんてしないんだ。

 そう、今の俺のように──……。




◾️ ◾️ ◾️




 キスを終え、ふと時計を見ると夜の十一時だった。


 え、マジで!? どんだけ時間経ってんの!?

 キスしてる時間って、速攻で過ぎ去る。いくら時間があっても足りない。

 彼女ができたことは父さんも母さんもわかってるし、若い息子が好きな人に夢中になっちゃってることくらい理解してくれるか?


「……遅くなっちゃったね。ありがと、話聞いてくれて、なんか気分が楽になった」


「こんなことでよければいくらでも。それで気が楽になるならお安いご用だよ」


「ふふ。……あのさ。さっきから〝早く言え〟って雷人と風華がうるさいから、悠人が帰る前に、先に言っときたいことがあるの」


「ん? 何?」


 俺は莉緒を抱きしめながら言う。

 まだキスし足りない。俺は莉緒のおでこにコツンと自分のおでこを引っ付けたりしながら、また自分の唇を莉緒の唇にチョンチョンしつつ莉緒の話を聞く。


 ってか、俺たちのキスの様子、あの二人、最初からずっと観察してたんですな。

 いいやもう。嫌になるくらい見せつけてやる。


「んっ……あのね、海へ行く話あったでしょ。あれなんだけど……んっ……もうっ! 喋れないじゃん」


「ごめんごめん。何?」


「あれね、雷人と風華も滅多に海なんて行けないから、みんなで行きたい、って話をしてきて」


「みんなで? だって、雷人くんと風華ちゃんは、ずっと莉緒の体の中にいるでしょ」


「うん。だからね、トリプルデート、というか」


「…………えっ」


四人で・・・行こうよ、って言われてるの」

 

 トリプルデートなのに四人っていうのは小学生でもわかる計算間違いであるが、もちろんこの場合は間違いではない。




 マジか…………。




 

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