第12話 デスゲームが始まっちゃった(莉緒視点)



 首都のほうへ向かうホームから電車に乗る。


 今日は土曜日だから通勤ラッシュほども混んでいなかったけど、ギリ座れなかった。

 首都圏に住んでいると言っても、都心へ行くにはそこそこ時間がかかってしまうので、座れないのはテンションが下がる。


 今日の目的地は新宿で、水着の専門店があるようだったのでそこへ行く予定だった。

 さて……ここからが、私の勝負タイムだ。


 なにせ、雷人のアドバイスによると海に行くまでに勝負は決しているらしいのだ。

 すなわち、こういったお買い物デートなんかで、いかに悠人と打ち解けるか。

 そして、魅力的な女の子であることを意識させるかが勝負であるということだ。雷様って、こんなことまでアドバイスできるんだね……。


 ショップに入り、陳列された水着を見て回る。


 本来私は、ショートパンツの可愛いやつにしたかった。

 確かに、最近お菓子を食べ過ぎた。お腹周りがほんの多少ぽっちゃりしちゃったのは不覚をとったと言わざるを得ないだろう。だってチョコが美味しすぎるんだもん……!


「もうすぐ夏だというのに自覚がない! あんた一人の体じゃないんだからねっ!」と風華にマジギレされてしまった件についても筋が通り過ぎていてグウの音も出なかった。チョコレート好きなのは私一人で、雷人も風華もお菓子はほとんど食べないのだ。


 とはいえ、一応はお腹周りを出せないほどではない。

 だから、ラッシュガードで完全防備するほどでもないとは思うのだが。

 

 うーん……ショーパンのやつで風神様と雷神様が納得してくれるのだろうか。

 とビビりつつ店内を歩く私の頭の中に、いつもの声が響いてくる。


『ねえ莉緒。なに日和ってんの? 舐めてんの?』


「あ……いえ、滅相もない……」


『だよね。じゃあ一直線にビキニだろ』


「ちょ……っ、私みたいな海初心者にいきなり上級者の武器は敷居が高くない? 赤ちゃんに包丁、レベル1の冒険者にエクスカリバーだよ」


『レベル1でもエクスカリバー持ってたほうが強いに決まってんじゃん! てかお前ゲーム知ってんな?』


 雷人が深いため息をついた。


【はぁ……。なあ、莉緒。もう一度言っておく。このままでは、お前は絶対に後悔することになる。なぜなら、悠人はおっぱい聖人だからだ。種族からして違うのだ。並大抵の格好では女としての魅力を叩き込めないのだ。

 それが……莉緒。お前は実に恵まれている。天恵だ。バスト・ギフテッドなのだ。神が与えたもうた素晴らしい乳を持っているにもかかわらず最大限に活用する努力を怠り、ただ持ち腐れて愚策に走った挙句に目的の男を逃す。お前の人生はそれでいいのか?】


「え、言い過ぎじゃない? ちょっと傷つくんですけど」


『昨日言ったよね? 今日は、莉緒の女の子としての魅力をこれでもかというほど悠人に叩き込む日。莉緒の魅力の海で悠人を溺れさせ、息継ぎすら許さないほど徹底的に沈めることが目的だよ。それを見失っちゃダメ』


「いったい私が何を見失ってんのか若干わかんなくなってきた」


【よし。ならば一つ試そうじゃないか。お前が先に試着室に入り、〝私に似合うやつを持ってきて〟と悠人に頼むんだ。これで奴が何を望むかはっきりするだろう。結果として奴の持ってきた水着を買えばいい】


「なるほど! なら、悠人の趣味をハズすことはないわけだね」


『それはいいアイデアだね! ただし、どれだけキワドイやつを持ってこられても買わなきゃダメだよ』


「なんでいきなりデスゲーム始まってんの?」


【あれもイヤ、これもイヤでは何も手に入らんぞ莉緒】


「検討のテーブルに上がってくる案が全部狂ってんだよ! ……だってイヤな予感がする。悠人のやつ、なんかとんでもないことをやらかしそうな、そんな予感が」


『わかったよ。莉緒が怖がる気持ちもわからなくはないしね。じゃあ、三回までパス使えるルールでどう?』


「だからなんでやる前提で話進んでんだ……」


【それはナイスアイデアだ風華! さすがの我々もこれ以上の妥協はできん。いいな? パスは三回までだ。そして決まった水着は必ず買う。わかったな?】


「うぅ……」


『それともう一つ。パスした水着も、一度は必ず着ることね』


「はぁっ!? そっ、それは了承できません! だって、だって──」


『甘ったれるなあ────っっっ!!』


「ひぃっ」


『なんのために海へ行くのか思い出せ! 目的は海へ行くことじゃなく悠人を落とすことだろうが! キワドイやつだろうが一度は着て、莉緒の魅力を悠人の下半身に直撃させとかないと意味ねーんだよっ!』


【厳しいことを言うようだが、風華の言うことは筋が通ってるぞ莉緒。そうして焼き付いた莉緒のカラダは、いつまでも奴の脳を焼き続ける。前も言ったが、焼印のように記憶に焼き付いたお前の魅力は、もう二度と奴の心から消え去ることはないのだから】


 筋は通って────る? もうわけわかんないよ。

 やばい。どうしよう。


 バクンバクンと心臓が暴れ出す。

 と、頭が真っ白の私に悠人が話しかけた。

 

「色々あって、どれがいいのかよくわかんないね。莉緒は、どういうのがいいとかあるの?」


 無邪気に尋ねてくる悠人とは真逆に、緊張感で心がはち切れそうな私。

 くそっ……もうやるしかない!


「……あのね。私、自分でも何が似合うかよくわかんないんだ。だから、私は試着室にいるから、悠人が私に似合いそうなのを持ってきてくれる?」


「え、俺が?」


「……うん」


 全くもって気が進まないお願いを自らする虚しさったらもう。

 後ろ頭を掻きつつ売り場へ戻っていく悠人の背中を見つめてから、私は試着室へ入ってカーテンを閉める。

 


 ──悠人。私、あなたのこと、信じてるからね……!



 しばらくして、カーテンの外から声が聞こえた。

 

「莉緒? 持ってきたよ」


「……うん」


 私はドキドキしながらカーテンを開ける。

 と、目の前に立っていた彼が手に持っていたのはワンピース。……なのだが。



 …………うん?



 やけにヒモっぽい質感だと思ったら、腰のあたりとか、脇腹のあたりとか、お腹の辺りとかがガッツリ空いていて、そこは紐だけになっている感じ。胸のところなんてすっごく開いていて、これほんとに胸を隠せるのか、と不安になる。


 ……なんだこれ。見たことないよ、こんなの……ってか、一つ目からこんなの持ってくるなんてこいつ狂ってるだろ……。


「莉緒はスタイルいいから、きっとこんなのも似合うと思うよ!」


 にこやかに、爽やかに提案する悠人であったが、私はもう唖然とするしかなかった。 

 唇をキュッと噛み、悠人をジトっと睨みつけてやる。


 悠人は私の殺気を察知したのか、あはは、と愛想笑いをして誤魔化す。

 私は水着をひったくるとシャアアッと乱暴にカーテンを閉めてやった。

 もはや女の敵とも言える悠人のことを試着室からシャットアウトして、私は脳内会話を開始する。

 

「これ、着るんだよね……」


【当然だ。ほれみろ、奴の正体は思った通りだっただろうが】


『くっくっく……予想通りすぎて草』


「やっぱあんたら楽しむためにやってんな!?」


『ごめんごめん。違うよ莉緒、よく聞きな。あいつがこんな水着・・・・・を持ってきたってことは、これこそがあいつの求める水着だってこと。すなわち、悠人のココロを直撃する水着。莉緒は確かに恥ずかしいかもしれないけど、はっきり言って他人の目なんて二の次でしょ? 一番大事なのは悠人の心をがっしり掴むことなんだから』


「まあ……筋は通ってる……ね」


 あれ、私、騙されてない? 騙されてるよね?

 しかしもう賽は投げられた。後戻りはできないのだ。このまま行くしかないのだ!

 私は震える心を叱咤し、服を脱ぐ。


 あまりにも着にくいヒモみたいな水着に足を通し、ドキドキしながら上に上げていく。

 怖くて鏡を見れなかったが、いつまでも見ないわけにもいかない。ってか、悠人に見せる前に自分で確認しないわけにもいかないし。

 ようやく勇気を出して鏡に映った自分の姿を見た私は、口をあんぐりと開けたまま固まった。


 うわっ…………。やっば……


 これ、マジでおっぱいがポロって出ちゃいそう。

 脇腹から腰にかけての「空白」は、なんだか隠れてる部分を覗かれてるような雰囲気あるし、むしろビキニよりエロいんじゃないの……?

 私がしこたま動揺していると、外から悠人の声が。


「莉緒? どう?」


 どう、じゃないよ。声がうわずってんじゃないか!

 

 私は覚悟を決めて、恐る恐るカーテンを開ける。

 真正面にいた悠人は、一言も発することなく固まっていた。


 私を一目見た悠人の視線は、真っ先に胸に固定された。

 そこから舐めるように空いた脇腹を経由し、おへその見えるお腹の辺りやら、太ももやらを無言でじっくり鑑賞されていく。


 ごくっ、と生唾を飲み込む彼の視線が私の体を這っていくたび、その部分が焼けるように熱くなっていく気がした。

 じわっと汗ばんで、体の芯からほかほかして……。

 再び視線を胸に戻した悠人は、ようやく口を開いた。


「あ……綺麗、だよ、莉緒……似合ってる」


 おっぱいと喋んな、おっぱいと!

 ってか、似合ってるだと!?

 まさかこれを買わせようってんじゃないだろうな!?


「…………」


 口を半開きにして言葉に詰まる悠人。

 いや、「言葉に詰まる」というのは正確な表現じゃない。

 これは間違いなく理性が飛びかけてるな……。

 

『いい感じだ莉緒! こいつ、もう莉緒のカラダのことしか考えられなくなってきたよ!』


【よくやった。さすがは俺の愛弟子だ莉緒。初撃でクリティカルヒットが入った】


 褒める二人のセリフに言葉を返す余裕もなく、私はカーテンをザアッと勢いよく閉めた。

 急いで服に着替え、悠人へ水着を手渡すためにカーテンを開けようとして、ハッとする。


 ……え。ちょっと待って?

 ついさっきまで私が着ていたこの水着を、悠人に渡すの……?

 

 雷人・風華と約束したデスゲームのルールによると、私はずっと試着室で待っていて、悠人が次々に水着を持ってくることになっている。

 でも、いくらなんでもこれは……!!

 

 私は直ちに緊急脳内会話を敢行した。


「ねえ! これ、後でまとめて私が売り場へ戻しに行ってもいいよね!?」


『ダメだよ』


「やっぱかーっっ!! 言うと思ったよ……。お願い。これだけは許して」


【奴のことが信用できないのか?】


「信じてる。誰よりも。ってか、匂いを嗅いだりしそうな方向で信じてる」


『風華もそう思う。こいつはとんでもないエロ猿だと風華の直感が言ってるわ』


「言い方。ってか、そこまでわかっていながらダメって言うあんたのドSっぷりが信じられんわ」


【そこまでしたい気持ちにさせたなら、それはそれで成功だぞ】


「気持ち悪いでしょうが! 痴漢と同類だよっ」


【そこは信じろ。匂いを嗅ごうが嗅ぐまいが、そういうドキドキ間は、間違いなく奴も感じるはずだ。それだけでも絶大な効果がある】


 なんなのこれ。やばいよ……。

 私は水着を握りしめ、カーテンから顔だけ出して悠人へ言う。


「……別のやつ、持ってきて」


「えっ……? っと。うん、わかった……俺が戻してくるの?」


 私に睨まれた悠人は、まだ私の体温が残ったままの水着を受け取り、慌てて売り場へと戻っていった。

 心配になった私が試着室のカーテンの隙間から悠人の後ろ姿をうかがっていると、あいつは立ち止まって、手に持った水着をじっと見下ろしていた。

 羞恥心と錯乱でぐちゃぐちゃの私の意識へ、雷神様が一言告げる。


【パス1、だな】





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