第11話 初めてのデートの待ち合わせ



 土曜日になった。二人っきりの初お出かけ、お買い物デート当日だ。

 空はカンカンに晴れていて、海へ行く当日を連想させるような良いお天気だった。


 莉緒みたいな可愛い女の子と二人っきりでお出かけできるなんて、数日前には想像すらしていなかった。土曜日の予定なんて、きっと、ゲーム実況の動画配信を見るか、ゲーム仲間とオンラインゲームでもするか、秋葉原へ行くか、中野ブロードウェイへ行くかで迷っていたことだろう。


 一緒に歩くだけでも周りの男が振り返るであろう美少女。暗い表情と冷たい目つきが玉にきずだが、きっと、「あんな彼女と付き合えて羨ましいなあぁ」なんて思われるに違いないのだ。

 

 しかし、莉緒はあくまで友達。あまりにも期待しすぎてテンション爆上がりするのは後が虚しくなるだけなので厳に慎むべきだろう。

 よって俺はいつでも聖人憑依ができるよう精神を統一し、過剰にウキウキしないよう気持ちを引き締めた。

 

 俺と莉緒の家は一緒のマンションなので、待ち合わせは莉緒の家の玄関前にした。

 別に同級生に見られたらマズいということはないのだが、俺たちは二人とも好奇の目に晒されることはすこぶる苦手だ。


 マンションのエントランスとか敷地の出入口付近だと人がたくさん通るので、まあ同級生なんかが一緒のマンションに住んでいるという事実は確認できていないものの、念のため避けようという運びになったのである。


 待ち合わせは莉緒の家の玄関前だが、チャイムを押して入るなんてことはしないでおいた。

 女の子の朝支度中なのだし、男が不躾にもズカズカ入っていくわけにはいかないだろうと思ったのだ。

 

 張り切って二〇分前に玄関前へ到着してしまった俺は、時間潰しにスマホを取り出したのだが、すぐに玄関ドアがガチャっと開く。

 そこには、支度を終えた莉緒が立っていた。


 ハイポニーテールにした髪、サロペットとTシャツというシンプルな服装は特になんの変哲もない一般的な女子の格好だったが、制服とは違う私服ってのはいつもと異なる新鮮さがあっていいもんだなぁと感慨に耽る。なんだか彼女のことを独り占めした気分だ。

 莉緒は後ろで手を組みながら、モジモジしつつ口を尖らす。


「……なによ。どうせ地味な格好してるなって思ったんでしょ。男は派手な服が好きだもんね」


「え? あ、ああ……ううん、そんなことない。すごく可愛いよ」


「っっ──……」  

 

 ほっぺを赤くして、困ったような表情をする。

 あれ? 怒ったか? 本心から褒めたはずなのに。

「可愛い」とか小っ恥ずかしいこと言っちゃったから、上っ面で言ってる感が出たのかも。


 逆に、欲望を正直に話したほうが良かったのかな。

 そうだな。確かにそのほうが正直者だと思ってもらえるかもしれない。


 ……よし!


「まあ、その服だとおっきい胸がわかりにくくなるから、そういう意味では残念だけどね。あはは」


 欲望を丸出しにした俺のセリフを聞いた莉緒は、口を半開きにして俺を見つめる。

 これはもう誰が見てもわかるほどに驚愕した表情。あれ?


 そして口をキュッと結んで上目遣いで俺を睨み、「む〜〜っ」と唸ったりしている。

 どういうこと!? マジで難解なんだが。


「……悠人は、私にエロい服を着て欲しいの?」


「え……と。まあ…………そりゃ、そのほうが嬉しいけど」


「…………!!」


 まるで親の仇を見るような目で俺を睨む莉緒。

 これはもう「女の敵だ」と言わんばかりだ。

 

 駅への道のりを歩く間、俺の横を歩く莉緒はずっと俺をチラチラ見てきたが、その目つきは俺のことが男として好きだからとかではなく、完全に男というものに対する信用を失った女子のものだった。どうやら俺は初球から失敗したらしい。


 いったいどこで道を踏み外したのか。

 悩みながら沈んだ気分で駅に到着する。歩いて通える距離に学校がある俺たちは定期券なんて持っていないし、莉緒はあんまり出掛けたりしないのか交通系ICカードも持ってはいなかった。


「あ、切符買う?」

  

「……あんまり出掛けないから、そういうの使わないんだ。……何? まさかバカにしてんの? 悪かったな、持ってなくて。持ってなかったらなんか問題ある──」


 眉をひそめながら毒づき始めた莉緒は、ここでピタッと止まる。

 クルッと壁のほうを向いて、頭を振りかぶり──。

 どっこい、今回は予測できたぜ!


 俺は壁と莉緒の額の間に手を差し込んだ。

 

 どぐっ

 

「うえっ!」


「…………!!」


 想像以上におもっくそ頭突きしてたんだな、めっちゃくちゃ痛てぇ。

 そりゃあんなふうに怪我もするわな。


「莉緒、大丈夫? 怪我しなかった?」


「……っっ。ごめんっ……。あの、悠人のほうが──」


「ああ、大丈夫だよ。気にしないで。ってか、もう壁に頭突きすんのやめてくれる?」


 莉緒は、俺の話も聞き終えないうちに、俺の手をガッと掴んで観察する。

 見ると、指のところから血が出ていた。手がジンジンしているけど、不良からよく殴られる俺の自己診断によると、この程度は全然大丈夫──……

 とか冷静に考えていた矢先、莉緒は血が出ている俺の指をぺろっと舐めた。

 

「ちょっ──!! 何して──」


 止める間もなく、ちゅう、っと吸って舐める。

 傷口を確認して、ペロッとまた舐める。

 俺の指を口に含んで、なんかムニュムニュやってる。

 柔らかい唇が俺の指に何度も押し付けられ、舌がウネウネ動きながら傷口を柔らかく包む。

 頭突きされた痛みなんて速攻でどっかに飛んで、くすぐったいような快感だけがモゾモゾと這い回った。


「あっ、あのっ! ちょっ……恥ずいよ、これ……」


 通行人がジロジロ見ていくのだ。

 ハッと気づいてようやく俺の指を離した莉緒は、またもや顔を沸騰させた。


「あっ、あのっ! 違うの。これは、その。傷が、その」


 目ん玉をグルグルさせながら、莉緒は必死にあたふた弁解する。


「傷口って舐めたほうがいいの?」


「……え? 違うの? だって風華が──……。あ! あのやろーめ……」


 何やら「しまった!」とでも言いたげだ。

 口惜しさを顔に滲ませて莉緒は黙ってしまった。


 舐めるのが効果あるのかどうかは知らんけど、一生懸命に舐めてくれる様子になんか自然と笑顔になってしまう。

 俺は莉緒の頭をポンポンしてやった。


「大丈夫。痛いの、どっか飛んでいった。ありがと」


 そう言ってやると、照れたようにウロウロと視線を泳がし、垂らした前髪をいじる。

 チラッと見えた額には、昨日貼ったバンソーコーがまだあった。


 お、まだ貼ってる。お風呂入る前に取っちゃうかなぁって思ってたけど、貼りっぱなしでいいの、知ってたんだな。

 しかしほんと、その額の傷はマジで全力の頭突きじゃない?

 下手したら縫わないといけないレベルだよ。こんな可愛い顔なのに、無駄に傷つけるのはやめてほしい。


「そのバンドエイドは、結構長めに貼りっぱなしでも良いやつなんだ。傷が治りやすくなるんだってさ。よく知ってたね」


「えっ、そうなの?」


「えっ? 知らなかったの? じゃあ、なんで貼りっぱなしだったの?」

 

「…………」


 うつむき、瞬き多めになる莉緒さん。

 ササッと前髪を触り、バンドエイドが髪で隠れるようにした。

 じっと俺を見上げて、「これ以上この件に触れるな」と言わんばかりの睨み顔をする。


「……そんなことより、洗ってきて」


「え?」


「指。洗ってきて」


「ん〜〜……別に、このままでもいいけど」


「イヤっ! 洗って。洗ってきなさいよっっ!!」


「じゃあなんで舐めたんだよっ」


「緊急事態だから! 仕方がなかったの!」


 とりあえず、改札を入ってすぐに俺はトイレに行かされる。

 トイレから出てきた後も、「洗った? ねえ、ほんとに洗った?」としつこく問い詰められてしまった。



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