第10話 ノルマ達成(悠人視点)/(莉緒視点)
物音一つない莉緒の部屋で二人っきりの俺たちは、しばらく無言で寄り添っていた。
必要な休息を得てメンタルが回復したらしい彼女は、俺の肩から頭を離してこう言う。
「……勘違いしないでよね」
もはや聞き慣れつつあるこのセリフ。
半目で俺を見つめながらこの言葉が出たということは、きっと莉緒がいつもの調子を取り戻した証拠なのだろう。
「……ちょっと色々思い出しただけ。べ、別にあなたのことがどうとかじゃないから」
弱みを見せたのを恥ずかしがったのか、おでこのあたりで髪を掻き上げながら慌てたように視線をウロウロさせる。
心なしか、表情を覆っていた影は少しだけ柔らかくなったように見えた。
「へぇ、そうなんだ。ということは、色々思い出してしんみりしちゃった友達を、友達として慰めてあげたわけだね、俺は」
「……そうだよ。そんな友達は、君しかいないんだ」
普段から目にしているツンツンした態度は消え去って、うっすら微笑んだように見える表情は胸を締め付けられるほどに儚く細い。
友達がいないのは学校での様子で察していた。だから、今気になったのはそこじゃなかった。
「友達」という言葉を莉緒は使ったけど、それは単なる友人じゃなくて。
こんな顔を見せられる、莉緒にとっての「特別」に俺がなれたんじゃないかって思えて、俺は嬉しかった。
莉緒は立ち上がってキッチンのほうへ行き、お菓子の袋をいっぱい抱えて持ってきた。彼女がテーブルの上に転がした菓子袋は、二人で食べるにはちょっと多い。
よく見ると、チョコレートの入ったものが多い気がする。板チョコ、生チョコ、アーモンドチョコ、チョコポッキー、チョコレートクッキー──……。
莉緒、チョコレートが好きなんだろうなぁ。
まあ別に俺もチョコは嫌いじゃないけど。
今はスナック菓子の気分だったので、俺はチョコの海の中にポツンと浮いてるポテトチップスの袋を破って、パーティー開けにする。
「えっ、そんな開け方したら残せないじゃん。まさか全部食べんの?」
「全部食べるよ。こんなの途中でやめられる訳ないって。ってか、自らこんな大量のお菓子買い込んどいてそれはない」
「……絶対に将来太るやつだよ。こういうのは歯止めが効かなくなるから。せっかく顔かっこいいのに──……」
言ってから、ハッとしたような顔をして言葉を止める莉緒。
まるで一生の不覚とでも言いたげな表情だ。顔をほてらせ口をキュッと結んで俺を睨みつける。
俺は、次のセリフを間違いなく予測できた。
「「勘違いしないでよね」」
同時に口ずさみ、二人でプッと吹き出した。あはは、と小さく声をあげる莉緒の笑顔は、まるで太陽のようにキラキラして……。
もしかしたら、こんな莉緒の笑顔を見たのって俺だけじゃないだろうか。なんか今日は、初めて見る顔が多いなー。
そしてまた、不覚をとったとでも思っているのか、気持ちを引き締めるかのように一つ咳をし、表情を影で覆って押し黙る。
明るい顔をしても全然ダメなことじゃないのに。
「学校でも、そうやって笑っててほしいけどな」
「……私、仲の良い友達、あんまり作りたくないんだ」
「どうして? 莉緒がそうやって笑うだけで、友達なんて死ぬほどできるのに。まあでも、そうなったら俺なんか必要なくなっちゃうな。はは」
「そんな訳ない!」
割と強めに言われる。
怒られるような感じで言われちゃったんだけど……なんでだろ。
これもなんかちょっと嬉しかった。
「……ん。ありがと」
一応は、君のことを必要ないだなんて思ってないよ的なメッセージとして受け取ることにしたのでお礼を言う。ツンツンしている彼女にこの解釈は似合わないから、間違ってるかもしれんけど……
とか言って、今日は、ずぶ濡れになっちゃうところを助けてもらったのだ。
ちゃんと優しさも持ってるんだよな。さっきのはちょっと失礼な考えだったか。
だから俺は、彼女の親切心に報いるために、こう提案した。
「ねえ、そういやさ、傘を貸してくれたお礼をしたいんだけど。何かお望みのお願い事はある?」
部屋の鍵をかけた時の莉緒の様子を思い起こすと、NGなしの提案をするなんてちょっと無謀だったかもしれないと言ってから後悔したが。
彼女のお願いは俺の想像の一番悪いほうのやつ──すなわち「私のおもちゃになって」みたいなエグいやつじゃなく、至極まともなお願いだった。
「海に、行きたい」
◾️ ◾️ ◾️
〜莉緒の脳内会議〜
『青春してんねぇ……』
【ああ……なんか、こっちが小っ恥ずかしくなってきちまうな】
『あんたにもそんな感情あったんだ。でも、悠人はいい子だね。なんか、風華も悠人のこと好きになってきちゃったかも』
【マジのNTRはやめてやれ】
『するかぁアホ。莉緒が狂っちゃうっしょ』
「おい。今、なんか聞き捨てならないセリフが聞こえたんだけど」
『おかえり! なんか完全いい雰囲気じゃん! 出だし好調だね。ただ、軟禁しろって言われたからってマジで玄関ドアにチェーンフックまで掛けたら怖すぎだろ。むしろサイコパスと間違われる案件』
「え、違ったの? どういうことだったの?」
【〝お前の魅力で〟っつったろが。ものの例えだよ、出て行きたくないようにしろってことだっての】
「でも、内側からだから、自由に開けれるよ?」
『あのね。君は今のところスタンガンを所持している女の子だって思われてるんだよ? ……ま、結果オーライか』
「でも、結局あなたたちの言うような、カラダを使った誘惑はできなかったよ。あれじゃ悠人のことは落とせなかったよね……」
【いや……むしろこの段階においては会心の一撃、クリティカルヒットだったやもしれん】
「わかりにくいな! 私ゲーマーじゃないし」
【カラダの面では確かに物足りない結果に終わった。だが、奴のココロには、莉緒の存在が、まるで肌に焼き付く火傷の痕ように焼け爛れてくっきりとこびりついたはずだ】
「たとえ悪っる……とりあえず、褒められてるのかな?」
『そうだよ。莉緒という人間の存在を、悠人の心に刻みつけることには成功してる。ただ、〝女の子として〟ってところがすこぶる弱いから、そこはこれからだけどね』
「どういうこと?」
【ただのお友達として好感度を上げた可能性もあるってことだ。お前が望むのは、あくまで悠人の彼女ポジだろ?】
「もちのろん! ……そうか。悠人は私のことを〝友達として〟慰めてくれた可能性もあるってことだね」
【その通りだ。だからこそ、カラダが必要なのだ。ココロとカラダは二つで一つ。それは今後、心掛ければ良い】
「さすがアニキ……相変わらず頼りになるわ」
『まあ今日のところは全然成功だよ。途中、ちょっと泣いちゃったけどね』
「うん……。なんか幸せな気持ちになっちゃって、つい涙出ちゃった。あんなに優しく接してくれた人は初めてだったから。変な奴だと思われたかな……」
『大丈夫だよ。莉緒の言うとおり悠人は優しい奴だから。何も言わずに抱きしめてくれたし』
「マジで大好き……私、もう勝手に何かが暴走しちゃいそうだもん」
【その気持ちを抑える必要はない。むしろ全開放して悠人にぶつけるんだ。それこそが、カラダのポテンシャルを余すところなく使い切る最も有効な方法!
すなわち、莉緒の気持ちが一番大事なんだ。お前自身も既にわかっているだろうが、お前はこれから過去のトラウマを克服し、自分の気持ちをもっともっと出していかなければならない】
「そっか……やっぱそこなんだね」
『そして、今日の莉緒に課されていたもう一つのノルマもすでに達成されている。すなわち、次のデートの約束!』
「そうだっ! 私、海に行く約束を取り付けた!」
『そこに関してはマジでラッキーだったね、悠人のほうから言ってくれたし。そういや莉緒、水着持ってないでしょ? 海もプールも行ったことないもんね。よく考えたら、風華も雷人もないや』
【しかし、むしろこれでいいんだ。いきなり海に行くのではなく、水着を二人で買いに出掛けるというデートから入れ】
「おっ、お買い物デート……!! うわぁ、まるでカップルみたいぃ」
『そこでココロをほぐし合うとともに、莉緒の巨乳をチラつかせれば早く揉みたくなること請け合いだよ。そうなれば海の日には再びこの部屋へ悠人をお持ち帰りすることは確定! 二人の情熱は他人が触れられないほどに燃えたぎり、家に着いたらリビングまで行くことすら我慢できずに玄関を入ったら即、壁に押さえつけられて────】
「げっ、げんかんプレイ……。マジか。初めてで玄関の奴っているのかな」
【他人と比べる必要はないぞ莉緒。それこそ二人だけの思い出、玄関を通るたびに〝ああ、ここでヤったよね〟と二人で思い出して浸ることができるのだ。それこそ〝久しぶりに玄関でヤってやる!〟と興奮した悠人に後日いきなり玄関で襲われるというプレイも副産物としてついてくる特典付き】
「それは良いのか!? 私にはもう何が何やらわからん……」
『とりあえずね、莉緒はお買い物デートを悠人と二人で楽しむことを考えたらいいんだよ。その時には、今日達成できなかった〝女の子としての魅力〟を悠人にしっかり叩き込みたいところだね』
「どうする!? 服は!? そうなるとやっぱエロい服とか着ないといけないのかな……」
『むしろそこはいいんだ。エロい服なんて、よく知りもしない他人の女が着てるのを見るなら目の保養になるけど、通常、自分の大好きな彼女がそんな服装をするのを、男は好まないものなんだ。そんな服装をさせようとしてくるなら遊びの関係も疑う必要があるし。だから、莉緒は莉緒らしく、いつもので大丈夫だよ。メイクだって、悠人に対してアピールするならちょっとくらい頑張ってもいいと思うし。悠人は優しいから、きっと〝ケバい〟だなんて思ったりしないよ』
【乳に関して言うなら、勝負所は水着の試着だ】
「しちゃく……え、それって服よりヤバくない!? 大丈夫!?」
【随時アドバイスしてやるから心配するな。気合いを入れろよ、莉緒。約束は約束だから海までは行ってくれると思うが、海の日に勝ち組になれるかどうかはそれまでにもう決まっていると思え!】
「御意!」
煩悩が私の頭を支配すればするほど、こいつらの言うことがスッと頭に入ってくるところが少し不安な気もするが。
まあ、理屈はあっている気がするし、信じてもいいと思う。
言うは易し。他人を拒否り続けて長らく経つ私は、どうしても反射的にツンツンしちゃうんだよな……。
よぉ〜し……絶対に、成功させてやる!!
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