第6話 作戦その1(悠人視点) / 作戦その1の舞台裏(莉緒視点)
午後の休み時間になる。ご飯を胃に入れて一発目の授業は体育とかでない限り強烈な眠気が襲ってきて、別に莉緒の件がなくても俺は意識がなかっただろう。
頬杖を突きながらうつらうつらする俺がハッと気づくと、莉緒が隣の席から話しかけてきた。
「ね、悠人。傘は持ってきた?」
「あ──……いや、忘れたんだけど。でも、昼から雨が降るっていう予報に反してお昼休みには晴れ渡っていたし、もう大丈夫────」
気が付けば、ザアア、と派手な音を立てて窓の外で降り注ぐ雨。
「あれ?」
「あれはたまたまだったんじゃない? 今日の天気予報は〝昼から雨〟だよ」
ニコニコと朗らかな笑顔を浮かべながら言う莉緒。
どうしてそんなに嬉しそうなのだろうか。というか、今喋ってるのは風華ちゃん?
間違いないだろうな。莉緒なら俺に笑顔なんて向けてくれないだろうし。
それにしても、どうして莉緒が言ってこないのだろう?
寝ているのか? ってか、他の人格が表に出ている時、莉緒はどうなっているのだろう。彼女のことは、詳しくはまだ何もわからないのだ。
「風華ね、傘持ってるから貸してあげる。一緒に帰ろうよ」
「あ、はい」
風華って言っちゃってんじゃん。今日は莉緒は閉店ガラガラなのかな?
◾️ ◾️ ◾️
全ての授業が終わり、終わりのホームルーム中。
女の子と一緒に帰るだなんて初めての経験で、俺はワクワクしていた。教科書を片付けながら、俺は声を抑えつつ隣にいる莉緒へ話しかける。
「莉緒の家の方向って、どっち?」
「……風神町方面」
「あ、一緒なんだね。俺もそうなんだよ」
やけに暗い声。ホームルーム中だから声を抑えた、って感じじゃない。
俺は恐る恐る莉緒の表情をうかがう。
それは見慣れた、影のある表情。
これはきっと雷人くんでも風華ちゃんでもないと俺は思った。
うつむき気味で影のある表情が莉緒のシンボルマーク。今の彼女の表情はまさにそんな感じで、だから俺はこれが莉緒だと確信していた。
それにしても、今日の昼に彼女と連絡先を交換したことがまだ信じられない。
莉緒との関係は友達なんだろうし、彼女もそう思っていると思うけど、もしかして、俺のこと好きだったりして。だって、たまに顔を赤らめたりしていたし……。
……まあ、それはないか。「交尾」とか言っていたのは雷人くんのほうだった訳だし、「あいつが勝手に言ったことで私が言ったわけじゃない」と莉緒も必死に弁解していたし。
ちょっと残念だけど、とりあえず友達ってのも悪くはない。
ホームルームが終わって、クラスメイトたちは席を立つ者やしばらく教室に残って喋る者に分かれていた。
莉緒はまだ教科書を鞄にしまったりしながら席についている。
「帰ろっか」
俺が立ち上がって声を掛けた瞬間、莉緒もまた立ち上がったのだが……
なんと突然、彼女は俺に抱きついた。
「…………っっ!!」
俺は瞬間的に固まった。何が起こったのか全く理解できなかったのだ。
まだ教室に残っていた何人かの生徒たちはギョッとしていた。そりゃそうだろう、いきなりラブシーンが始まったのだから……しかし抱き締める力は徐々に強くなる。
でっかい胸がぎゅうっと苦しそうに押し付けられて、初めて体験するそのファンタスティックな感触に、わぁ……と喜んでいたのも束の間、むしろ俺の呼吸が圧迫され始める。
背骨がギシギシと悲鳴をあげたので俺はここで莉緒の背中をペシペシとタップし宣言した。
「いてててて! ギブギブ、莉緒、待って待っ……て」
意味不明にポカンとした顔をしながら俺の体を離す莉緒。
いや、その顔、こっちがしたいっす。
「えっと。……あれ?」
「うぐっ……はぁ、はぁ、……あれ、じゃないよ。な、何してんの?」
「…………下校の、儀式」
どこの因習だよ。
いつものようにうつむいて、しかしいつもと違って脂汗を浮かばせた莉緒は、怪訝そうな顔をしてこめかみに人差し指を当てたまま、何やら一人でブツブツ言い始めた。
◾️ ◾️ ◾️
〜莉緒の脳内会話〜
「おい! 緊急会議だぁ、このやろうどもっ」
『はぁ? 何言ってんの、ってか何してんの?』
「私の思う通りにやれって言ったじゃない! これからおててを繋いで仲良く下校しようってんだから、とりあえずハグから入って親近感を高めようとしただけだよ! そういうの喜ぶでしょうが男の子は。なのに全然うまく行ってそうにないけど!?」
『バっカじゃないの!? あんなサバ折りみたいなハグされて誰が喜ぶんだよ、一瞬どっかの格ゲーを思い浮かべてしまったわ』
【なかなかリキが入っててよかったぞ。相手が敵なら、だが】
「愛の表現なんすけど」
【だとしたら幼稚園からやり直すべきだ】
「その時期、研究所にいたからね、私……」
『いきなりマジ話やめて。……あのね、カラダで表現するってそんなことじゃなくてね。好きな気持ちが伝わるように愛を込めてそっと触れ合うとか、そういう話』
「先に言えよ」
『格闘術で対応すると思ってねーからこっちは』
【しかし一つ大事なことはわかったぞ】
「『何?』」
【サバ折りに移行するまでの間、悠人のやつはまるで天国にいるかのようなダラシない顔をしていた。俺の見立てでは、あいつはおっぱい星人だ】
「地球外生命体ですか……」
『なるほど。追い風が吹いてきたね』
「ちゃんと説明してくれる? 全然意味わかんないよ」
『莉緒の最大にして最強の武器である巨乳を使う時がきたってことだよ。ってか反則技だよねあれ。胸の小さい女の子じゃまるで対抗できないよ。ヘビー級とフライ級で戦って勝てるわけなくない? レギュレーションの改正を求めます』
【その例えは誤りに満ちている。おっぱいとは実に様々な尺度で評価されて然るべき芸術品なのだ。小さいものには小さいなりの魅力が詰まっていて、あくまでそれは価値観の相違に過ぎない】
「誰視点で喋ってんの……」
『要は、莉緒の持ってる武器が悠人の
「ベッ……無理無理無理!! いくらぐっちゃぐちゃに愛し合いたいって言っても、過去のことがトラウマになってる私は極度の奥手なんだから! あんたらと喋ってるこの場の私は私じゃないから!」
『かわいこぶんな』
【以下同文】
「それに私、胸がおっきいの、どっちかというとコンプレックスなんだけど。他の子より早めに成長しちゃって、男子はすっごい目で舐めるようにジロジロ見てくるし、男子の注目を集めたら集めたで女子からは嫉妬の塊みたいな視線で刺されるし。まるで私の価値がおっぱいしかないみたいな」
【それはそれで胸の大きい奴にしかわからん悩みかもしれんがな、しかし風華の言う通りなんだ莉緒。手段を選んでいる場合ではない。持っている武器はなんでも使って、あらゆる方法で攻め落とさなければ必ず後悔することになる。それが恋愛だ】
「雷人先生……いやいや〝ヤらせてやる〟で悠人のこと落とそうとしてた奴が何を偉そうに」
『手段選んでないからだよ。それも一興だと思うけど』
「……わかったよ。とりあえず、ここからの下校はどうすればいいの?」
【相合傘で腕を絡ませろ】
『そんで機をうかがってキスだ』
マジで言ってんの?
と私は現実世界の肉体を使って呆れたように大きなため息をついてやったのだが、そのせいで悠人にびっくりしたような顔をされてしまった。
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