第4話 三重人格少女が友達になった
どうやら男人格らしい「雷人」は自己紹介もそこそこに、可愛らしい天堂さんの顔を鬼のような形相へと変化させて、俺へ圧を掛けてきた。
「オラ。てめぇ、まさか逃げたりしねえだろうな。次に莉緒を泣かせたら今度はその頭、ハゲにすんぞコラ。スマホ出せコラ」
「スマホって、なにをするんですか……」
「ああ!? 決まってんだろ。知り合ったばかりのいい年した男女が互いのスマホを取り出しゃあ、連絡先の交換以外になにがあんだコラ」
雷人くんはまるで不良のような性格だ。
さらには、俺が天堂さんを悲しませたり泣かせたりすると異常に怒り狂って俺を成敗しようとするようで。
この時も、彼は自分のおでこを俺のおでこへ引っ付けるようにして俺を斜めに睨めつけ、自分もスマホを取り出して俺を脅すようにこう言ったのだ。
「莉緒」の人格を守ろうとする彼は、「莉緒」に何かあった時に俺を逃がさないようにするため連絡先を押さえようという魂胆らしい。
俺、この人、苦手だ。
怖い。俺をカツアゲしてくる不良と同じ気配を感じる。いつまたぶたれたり財布を出せと言われるか不安でならない。
俺が怯えるような素振りを見せたからなのか、雷人くんが呟く。
「どうした? …………ああ。わかったよ。ちょっと調子に乗らないように圧をかけておいただけだ。お前を泣かせたら承知しねえぞってな。ってかお前、俺が切り出さなかったら自分から連絡先の交換なんぞ提案できたのかよ!?」
腕を組みながら眉間に厳しいシワを寄せ、別の人格と脳内会話してるっぽいのに大声で独り言のように喋る雷人くん。こいつら、声に出さないとコミュニケーションできないのか?
体は天堂さんだから、いくら巻き舌で喋ろうが、可愛い声はその片鱗を残している。
もちろん顔もだ。原型が素晴らしいため、それを勿体無いくらいに歪めてしまった不良の表情も可愛いのは可愛い。
この落差が好きな奴にはギャップ萌えすんだろうな……。
とか俺が考えていると、天堂さんは突如として無表情に。
すぐに色っぽく朗らかな笑顔に切り替わって、俺に体を引っ付けてくる。
こういう態度になるのはきっと風華ちゃん。
天堂さんの中にいるもう一人の別人格で、エロいお姉さん的な性格の、艶っぽい声を出す女の子の人格だ。
俺はこの風華ちゃんが出てくると、あまりにも恥じらいのない積極性にしどろもどろになってしまう。
すぐに体を密着させてくるから男の俺のほうが恥ずかしさで距離を離してしまいそうになるし、マジでキスされるのかと思うほどの距離まで顔を近づけてくるから、視線の置き場に困ってしまう。
雷人と、風華と、莉緒。
彼女の体には、三人の人格がある……なんて、正直、こんな話をいきなり信じろって言われても普通は無理がある。
三重人格? そんなアホな、って感じだ。
だけど……
雷人くんの表情が、声が、目つきが、体に纏っている雰囲気が、完全に生粋の不良で。
風華ちゃんの朗らかな笑顔が、妖艶な目つきが、艶かしい仕草が、あまりにもエロいお姉さんで。
さらには、人格が入れ替わる瞬間の無表情が「マジで入れ替わってる感」をリアルに演出していて、三重人格って本当なのかも……と素直に思わされてしまう。
「ねぇ、悠人。一つお願いがあるんだけど」
「……はい。なんでしょうか」
「あは。なんで敬語? 全然、気を遣ってもらわなくてもいいんだよ」
気を遣うつもりなど全くないのだが、これは無意識に出てしまっているのだ。内面の完成度が自然と形作った上下関係とでも言うべきか。やっぱ経験豊富なお姉さんは敷居が高い。まあ経験豊富かどうかは知らないんだけど。
「莉緒のこと、〝天堂さん〟じゃなくて〝莉緒〟って呼んであげて」
「えっと……どうして? ……ですか?」
「嫌?」
「……いえ」
「ありがとう。きっと喜ぶよ。じゃあ、約束だよ!」
俺と小指どうしで指切りげんまんした風華ちゃん。
その朗らかな笑みは、すぐに無表情に取って代わられる。
やがて表情に現れたのは、頬を赤らめ、困っているのがありありと伝わる天堂莉緒の人格だった。お腹の前で手をモジモジさせて、視線は地面の上をつらつらと迷わせている。
俺も、後ろ頭を掻きながら、自分たちの頭上だけぽっかりと空いた青空を見上げていた。
「……あの。連絡先、交換、する?」
俺がそう言うと、天堂さんはチラッと俺へ視線を向けて、すぐにまたウロウロと迷わせた。
パチパチと多くなった瞬き。キュッと結ばれた口から、ボソボソと小さな呟きが漏れる。
「……勘違いしないでよね。連絡先は交換するけど、ただ、それだけだから」
なんだかツンツンしながら、彼女は言ったけど。
連絡先の交換は、ただそれだけだったとしても、意味があるよなぁ。
「ん……。じゃあ、ほら……莉緒」
「うん、……悠人」
俺たちは、互いにスマホを取り出した。
時折、上目遣いで互いの様子を窺いながら無言でスマホを操作し、チャット型メールアプリで「友達」になる。
ただ、連絡先を教え合っただけ。
でも、これで二人はいつでもどこでも、繋がれる。
莉緒は自分のスマホの画面をじっと眺めて、勝手に笑顔になってしまいそうな自分を必死で戒めるような顔をしていた。要するに、負のオーラは放出されていない。
まあ……喜んでもらえたなら幸いだ。こんな俺の連絡先でよければ、いくらでも教えるよ。
教室での様子を見ている限り、もしかすると、彼女にとってこれが初めての友達の連絡先なのかもしれないしな……。
「ねえ。莉緒はさ、下の名前で呼ばれるの、嬉しい?」
俺は今まで、この点についてあまり意識したことはなかった。
苗字で呼ばれ続けたら仲良くないとか、そんなふうに思ったこともない。
「……うん」
「よかったら、どうしてなのか教えて欲しいな。俺は、あんまり気にしないほうだから」
「……私、自分の名前を呼ばれない環境が続いたことがあって」
「…………」
「まるで道具のように扱われた。だから、名前で呼ばれると、私の存在をきちんと認めてくれている気がするの」
もしかすると、彼女は虐待でもされてきたのだろうか。
詳しいことはわからないけど、俺なんかでは到底理解できないくらい、辛い目に遭ってきたのかもしれない。
その傷を癒すために名前で呼んでほしいのなら、そうしてあげたいな、と俺は思った。
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