冬 どんでん返し 物忘れが多くなるのは歳をとった証拠

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は大学一浪中の身。

 充実していた筈の学生生活も自身の受験失敗等諸々で全てはご破算に。

 同窓の浪人女子「ソウシ」と微妙な仲になるものの、踏み出すことの出来ない「想い」に翻弄される日々は続き、最早、受験目前。

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 ソウシが僕の腕をとるようになってから直ぐ後。最後の模擬試験の結果が返ってきた。前回はA判定だったので、それを維持できればまあ良いだろうと思って臨んだものだった。しかし、不慣れな受験会場や、妙な緊張感で、イヤな予感があった。案の定、大変な結果になって了っていた。国語と社会で大きく失敗した。僕は青くなった。予想だにしない結果に取り乱した。

 ソウシに電話をすると、ソウシは、いつになく落ち着いたトーンの低い声で言った。


「意気地無し。模試じゃないの。これくらいのことで取り乱してどうするのよ。」

「あ…。」

「本試験はまだ先なのよ。京大で其の儘いくのか、それとも志願変更するのか、それくらい資料を持ってるんだから、自分で分析してから私に電話してくるくらいの度胸を見せて頂戴よ。」

「…ごめん…。」

「しっかりしなよ。まだ始まった許りなんだから。自分のやり度いことの出来る、合格可能な帝大は他にもあるでしょう?」

「うん…。」

「ギエンなら出来る。きっと合格する。其のためには、先ず冷静になって、しっかり状況判断を誤らないことなんじゃないの?」

「そうだね。」

「後ろを向くな、前を向け、ぼーっと立ってないで、歩き出せ。まがりなりにもウチの応援部の主将を張った男でしょ、あなたは。」

「分かった。」

「よし、頑張って。」

「有り難う。」

「普段のお返しよ。」


 *     *     *


 翌日、予備校と相談の結果は驚くほど呆気なく、また意外なものだった。


「模試は模試だし、僕はこれまでの推移からみたら、志望変更しなくても京大の理、まあ安全策をとるなら農で大丈夫だとは思うんですけどねぇ…。

 ただ、一つ、この成績を見てちょっと違った視点を交えるならば、いわば、コペルニクス的転回というか。

 駿河クンのこれまでの成績傾向や、今の精神的な状況とか、最後の結果での心配を現実のものとしないために志望校を考え直すとしたら、「此方」だと思うんですよ。京大型の勉強をしていた方が寧ろ無理をしていたんだ、というくらいに考えてですね。此方の方が本来の妥当な志望校というか、安心かつ現実的な選択だと思って、変えてみますか? この過去問を見て、どう思います? 寧ろ優しく感じませんか? 多少時間勝負にはなりますけれど。「此方」にしてみましょうか。では、頑張って下さい。」


 四月以降、初めて予備校のお世話になった。

 昼。研数の校舎から出てきたソウシは、開口一番訊ねてきた。


「で? どう決めたの?」


 僕は、予備校で過去問とにらめっこになって決めた結果を其の儘伝えた。


「何うして? 京大に拘ってたんじゃないの?」

「俺が落ちれば後輩に迷惑がかかる。それだけは避けなきゃ不可ない。大学でやり度いことは、京大にしかないことじゃない。研究を突き詰めて進んでいくなかで、どうしても京大でなければ出来ないのなら、大学院という方法もある。」

「それが、ギエンが出した後悔しない結論なんだね?」

「そう。」

「分かった。私は全力で合格を祈ってるよ。」


 彼女はそう言うと左腕に手をかけ、寄り添ってきた。


「元気を出して。ギエンならきっとやれる。負けるな。」

「分かった。有り難う。」


 昨日から先刻までの威勢の良い高圧的な励ましではなく、声は優しかったけれど、逆に心の底から心配していて呉れることがズシンと響くような励ましが嬉しかった。

 最後の模試の痛手を彼女の御蔭で最短最小で済ませられたことで、準備は順調に進んでいた。


 二月、ソウシの誕生日がやってきた。あめりかまるでケーキを頼み、ささやかにお祝いをした。


「いやぁ、愈々十九歳ですか。」

「煩い、私は永遠の十八なのよ!」

「私立はもう直ぐだけど、準備、捗ってる?」

「私はギエンと違うから大丈夫。」

「其様なこと言って、基礎が全然分からないって泣いていたのは、何処の誰よ?」

「其様なこともあったかねぇ?」

「ほうら、物忘れが多くなるのは歳をとった証拠だ。」

「煩い! ギエンこそ、私が終われば直ぐに二次試験なんだよ。大丈夫なの?」

「そうね、準備は万端かな。最後のまとめノートも仕上がってきたし。」

「ギエンはね、きちんと準備するわりに、勉強に関しては精神面が弱いんだよね。」

「そうかな…。」

「ほら、直ぐそうやって不安になる。それでよく応援部の主将やってられたね。」

「考える対象が違ったからなぁ…。」

「其処でだ、私が強力な精神的な後ろ盾をあげよう!」

「何?」


 鞄の中をごそごそしている様子に、湯島天神のお守りでも呉れるのかと予想した。


「ほい。ギエンの誕生日には、私がプレゼントを貰ったから。反対にお返し。」


 ソウシが僕に渡して呉れたのは、自分自身の写真をパウチしたものだった。


「ギエンは私が居ないと駄目だから、代わりにそれを試験場に持って行け。」

「おお…。」

「何? 不満なの?」

「否、有り難う。強い味方だ。」

「いいえ、どう致しまして。此処までするのは、特別大サービスだよ。」

「うん。感謝してるよ。」


 彼女は一体、何処まで僕の心を読んでいるのだろう、そして、何処まで、応えて呉れようとしているのだろう?

 僕は、それを考える前に、先ず、こうして励まして貰った結果を出さなくては不可ないと思った。月日は確実に、一日一日、刻一刻と過ぎていった。

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