冬 X'mas (2)言い度いことは、よーっく分かったよ
【ここまでの粗筋】
天然系な主人公「駿河轟」は大学一浪中の身。
充実していた筈の学生生活も自身の受験失敗等諸々で全てはご破算に。
新に同窓の浪人女子「ソウシ」と「互いをよく知ろう」という仲になる。
季節は受験の本番間近。
心身共に不安定な時期を、二人は乗り越えられるか。
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二十五日のクリスマス。
イブの夜の応急処置の御蔭で、僕は普段通り予備校に出かけることが出来た。そして、普段以上に効率を上げて復習し、昼には坂を下った。彼女は、元気に校舎から出て来た。
「オッ、治ったかい?」
「俺ぁ、大丈夫。献身的な看護婦さんが居て呉れた御蔭で此の通り。それより、ソウシは大丈夫だった?」
「私は元気だよぉ、病気にならない術は心得ているから。なんたって保健委員やっていたしね。」
「良かった。もし伝染していたりしたら申し開きのしようがないと思っていたから…。」
「う、そう言われるとお腹がシクシクと…。」
「え? 大丈夫か? もう帰った方が良いんじゃないか?」
「うっそだよーん。大丈夫。でも、ギエンは今日も無理しない方が良いよ。」
「分かった。お昼摂ったら直ぐ行こう。」
昼は軽めに済まそうと、あめるかまるで一つのサンドイッチを分け合った。そして、お堀端はゆっくりめに、高く高く青い空と、身体を温めて呉れる太陽を愛でながら、古文の復習もかねて、二人で即席の和歌を詠みつつ歩いた。
あめりかまるでのランチが早かった分、丸の内南口からの東95系統は、普段より三本前のバスに乗れた。
「こういうのをうららかな日というんだねぇ。」
ソウシは昨日の騒動が嘘のように落ち着いて最後尾の定席に寝床を作ろうとしている。
「『冬はつとめて』じゃないけどさ、クリスマスは矢っ張りイブの夜だよね。当日の夜が次かな。昼間はなんか全てがぼんやりしちゃってシラケた感じ。」
「昨日はごめんな、本当に。」
「良いって、良いって、他にはないイブの経験できたって、私も良い思い出になったから。」
「そうかい…?」
「家に帰ってからサ、仕事が上がって、父と母が私の部屋に来たのよ。」
「何で?」
「何で?って、『今日くらいは駿河君とゆっくりして来るんじゃなかったの』だって。早く帰りすぎて、何かあったんじゃないかと心配されちゃった。」
「そう。じゃ矢っ張り悪かったね。」
「ほら、またそうやって謝る。良いんだってば…。」
彼女は一人で納得すると、鞄を窓際の肘かけに置き、つないだ手は自分の膝の上に置き、頭は僕の肩に置いて、速攻のお昼寝態勢になった。
「終点に着いたら起こしてね。」
「当たり前だよ。」
クリスマスの日中の道路は、年末の道路工事に入る前で渋滞もなく、普段より数分早く等々力へと到着した。
「着いたよぉ、お客さん。」
彼女を起こし、鞄を忘れないように注意して、一緒にバスを降りた。
「さぁ、ケーキ屋さんはどちらか知ら?」
「此方です、お嬢様。」
踏切を渡り、商店街を抜けきる前に小さな洋菓子屋兼喫茶店があった。
「あら可愛いらしい専門店ですこと。私気に入ってよ。」
「お気に召されて光栄です。」
いざ注文する段になると、
「あ、ギエンはね、今日はまだバタークリームとか脂っぽいもの止しておいた方が良いからね、私が選んであげる。」
「あ、そ…。」
病は医者任せというが、逆らえない勢いに押されて、彼女の選択に任せることにした。
「そうそう、あんまり派手なことは止そう、とか言ったけどさ、一応プレゼントなんか買ってみた訳だ、私としては。」
彼女は鞄の中をゴソゴソし始めた。
「偶然だねぇ、俺も鳥渡気持ちだけ…。」
僕は、『筆で生きる』と言ったソウシのために、少し良い(というか作家用といわれるような値の張る)鉛筆を一ダースプレゼントした。
「嬉しい、何てったって『未来の私へ』ってところが良いわ。私はね…。」
彼女は、リボンのついた細長い包み紙を取り出した。
「何だろ?」
「開けてみて…。」
包みを開けると中から学生服のカラーが沢山出てきた。
「いやぁ、これは、何とも…。」
「サイズはさぁ、此の間の模試の時に二人で制服着てきた時にチェックした訳サ。でね、学生服屋のおじさんに聞いたら、大学の応援団用の多少ハイカラーの襟でもカラーのサイズは一緒だって言うし、サイズが変わったら未使用の物は取り替えて呉れるっていうから、四年分四十本。」
「いやぁ…、ありがと。」
「良かったね、これで、いつ合格しても、直ぐ応援団に入れるよ。」
「俺ぁ大学でも応援団か?」
「何? 違うの? 応援団入らないと、おケイさんに合わせる顔が無いんじゃないの?」
「また、そういう意地悪言う…、おケイさんは…。」
「分かった、わーかったから、ほら、仕舞って。」
彼女は、嬉しそうに自分も鉛筆を鞄に仕舞いながら言った。
「俺は、本当に此の半年、感謝しているんだよ。」
「此のケーキ代くらい?」
ソウシは、フォークでケーキを崩しながら、此方を見ずに一生懸命食べていた。
「茶化すなよ。元気も貰ったし、張り合いも出来た。成績を向上、維持出来たのもソウシの御蔭だと思っている。」
「それは、私も一緒だよ。感謝してる。」
彼女は、ケーキのイチゴを不器用にフォークで刺した後、僕の方を向き直って言った。
二人とも、其の後の言葉を出せなかった。考えていることは、凡そ同じだろうということはわかっていたけれど、受験生という立場と、十二月末という時期が、それを許さなかった。
「うん、うん。以心伝心。ギエンの言い度いことは、よーっく分かったよ。」
「そう、有り難う。」
ケーキを食べ終わり、ささやかなクリスマスの宴を楽しんだ僕らは、また等々力駅に戻った。夕方前の駅は、不思議と空いていた。ソウシの乗る電車が先に来るようだった。
「あ、そうそうお返しをしておかなきゃ。」
「え? 何?」
聞き返す、彼女の手を引き寄せ、身体を近づけると、頬に軽くキスをした。
「メリー・クリスマス。」
「…メリー…クリスマス…。」
ソウシは、少し驚いたような素振りでするりと手を解き、大井町方面の電車に乗ると、満足げな笑みで手を振って去って行った。
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