秋 黒電話2 あのね、結婚しちゃうの

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は大学一浪中の身。

 充実していた筈の学生生活も自身の受験失敗等諸々で全てはご破算に。

 新に同窓の浪人女子「ソウシ」と「互いをよく知ろう」という仲になるが、これは二人の受験準備に功を奏するのか否か。

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 東98系統が等々力駅に着き、東急線で反対方向に分かれ、家に着くのは、二人とも大体同じ時間だった。

 入浴、食事、受験準備の第一部を済ませて一息着く九時からが、束の間の電話の時間。大体九時を境にして、僕が喋り度いことがある時は僕が、ソウシが喋り度いことがある時はソウシが、先に架けるようになっていた。


 秋も大部深まった十一月の下旬、八時五十分頃に電話が鳴った。


「どうしたの? 今日は随分早いね。」

「…あのね…あのね…。」


 どうやら電話の向こうで泣いているらしい。


「何? どうしたの? 落ち着いて。」

「…あのね、結婚しちゃうの…。」


 何が何やらさっぱり分からなかったが、ゆっくり聞いてみるしかなかった。


「誰が結婚するの?」

「…先生…、中学校の先生…。」


 ははーん、と其処で分かった。以前、あめりかまるで話していた、《僕以外》では唯一の《知ろうとしても底が無い》男性だ。


「いつか話して呉れた先生だ?」

「そう…、来週結婚するって、お前にだけは伝えておき度いって…。」


(お前にだけは、って何て先生だろ)


「そうかぁ、覚えていて呉れたんだ。」

「うん…、嬉しかった。ずっと、何も連絡とっていなかったし…。」

「おめでとう、って言えた?」

「…ん、言えた…、先刻は泣かなかったもん…。」

「そうか、偉いなぁ、泣かないで言えたんだ。」

「…うん、ちゃんと私も頑張ってるって言って、笑って電話切れたもん…。」

「偉い、偉い、先生も安心しただろ。」

「…ん、そう…思う…。」


 我慢していた感情は全部僕に廻ってきたらしい。


「先生は、ソウシに人生の一つの目標を達成したことと、自分の幸せを伝えてきて呉れたんだから、今度はソウシが、目標の達成を伝えられるようにしなきゃ。」

「…ん、分かってる…でも、でも…。」

「うんうん。」


 感情を理性で処理できない時に、無理矢理押さえ込んでも余計何処かに歪みが出来るだけだ。泣き度い時は思い切り泣いた方がすっきりする。


「…でもね、結婚しちゃうの…。」

「自分でも説明出来ないんでしょう? 訳の分からない、どうしようもない悲しみを。」

「…そう…。」

「今晩一晩、中学校の時のこと、先生のことを思い出して、思い切り泣いてみたら良いんじゃないかな。思い残すことがないくらい。涙が涸れて了うくらい。」

「…うん…。」

「涙が涸れたらきっと、胸の支えが取れて、新しい気持ちで振り返れるようになると思うよ。」

「…なれるかな…。」

「なれるよ。」

「…絶対?」

「絶対。其の代わり中途半端じゃ駄目だよ。全部思い出して、全部、涙で流さないと。」

「…ん、分かった、ありがと…、ごめんね。」

「ううん。新しい思い出に変わると良いね。」

「…ん、出来るようにする、ありがと…。」


 彼女は泣きながら電話を切った。


 翌日、ウサギのように真っ赤になった目を、コンタクトではなく、例の黄色みを帯びたレンズの眼鏡で隠してやって来た彼女は、悔しいけれど何だか、少しだけ大人びた雰囲気になっていた。

 女っていうのは、何でも貪欲に吸収して成長していく生き物だなぁ、と母性の強さを痛感した。これではいつまで経っても男は敵わないものだ。

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