秋 東98系統 僕らに今、出来ることは限られてる

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は大学一浪中の身。

 充実していた筈の学生生活も自身の受験失敗等諸々で全てはご破算に。

 今は、同窓の浪人女子「ソウシ」と手をつなぐ仲から、「お互いをよく知ろう」という段階に。

 これは二人の受験準備に功を奏するのか否か。

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 十月も下旬を進み、受験の準備も追い込みになってきた。僕等は相変わらず、昼食を共にしてからお堀端を歩き、東京駅からバスに乗って等々力駅へと帰る生活を繰り返していたが、受験の追い込みのために、午後もどちらかの予備校の自習室で一通りのまとめをしてから一緒に帰るようにしていた。


 太陽の力は日増しに弱くなり、道路に映る二人の影の長さが受験までの時間と反比例していった。僕らは、他人からの、特に同窓会の委員会内部からの謗りを受けないよう、自分らで出来る限りのことをしようと考え、そして実行していた。

 二人で話す時間は食事と、バスの四十五分と、家に帰って一通りの勉強を終えてからの九時からの四十五分だけ、と決めていた。

 帰宅後の電話を切ってからは、夜遅くまで準備をすることもあり、温かで適度に揺れるバスの中では寝て了うことも多かった。


 それでも、二人で一緒に居るということ、手をつないで互いの鼓動がつながっている、ということだけで一日の疲れが癒された。

 ある日のバスで、ソウシは既に眠そうだった。


「ギエン、悪いけど肩貸して…。」

「ん。」


 僕の肩に頭を凭れて、


「有り難う。」


 と言ったかと思うや、直ぐに寝息が聞こえてきた。

 ほんの十数分、静かな寝息が聞こえ始めたかと思うと、もう目が醒めたらしい。


「ギエン?」

「ん?」

「将来のこととか考えたことある?」

「まだ漠然とだね…。」

「昨日ネ、ウチのお客さんが、『バスの中でお宅のお嬢さんを見かけましたよ』って、父に言ったらしいのよ。『彼氏と爽やかに仲睦まじく乗っていらっしゃいましたよ』って。」

「叱られた?」

「ううん、正直に今のことだけを言った。ギエンはウチでは評判悪くないから大丈夫。」

「そう、良かった。」


「ウチって商売やっているでしょう?」

「うん。」

「弟が、まだ中学生なんだけど、継ぎ度くないって言い出してね。」

「うん…。」

「昨日、其のことで父と母が、夜遅くまでずっと話し込んでいた。」

「そう。」


 僕の肩に頭を凭れた儘、彼女の話は続いた。


「私はね、前にもいったように筆を生業とし度いの。」

「そう言ってたね。」

「だから、此処までは税金で安く教育を受けてきたけれど、誰にも邪魔されずに自分の考えを書けるように、大学は私立に行くの。」

「うん。」

「でも、それは私の我というか、其処からは私の人生だから、国立を上回る分の学費は働き始めたら親に返そうと思ってる。」

「そうか、偉いね。」

「ありがと。」


 少しの沈黙があった。


「ね、将来のこととか考えると不安にならない? 自分のことだけ考えていて良いのか、とか。」

「僕等に今、出来ることは限られてるからね。あまり先手を考え過ぎても仕方がない、と思ってる。」

「そっかぁ。そうだね。今出来ることを一生懸命やるのが、今の義務か。」

「少なくとも後悔をより少なくするように、じゃない?」

「そうだね、ありがと、聞いて良かった…。」

「そう、鳥渡でも参考になって良かったね。」

「ん…。」


 彼女はまた静かな寝息をたてて、今度は終点までぐっすり眠った。

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