第14話 魔物の巣窟

 ローリエはドレスの裾を掴んでたくし上げ、ルビリアの後に続いて森を歩く。


「どうです? 思ったよりも怖くないでしょう」

「ルビリア様のおかげです」


 森の中心部までは、彼女がかつて描いた魔法陣に転移してきたので一瞬だった。

 そこから獣道を通って、ルビリアのみぞ知る目的地へと向かっている。


 昼なのに森の中は薄暗い。けれども、ルビリアが魔法で明るく照らしてくれ、常にバリアも張ってくれているので安心だ。


 こうして難なく歩けているのは、全てルビリアのおかげだというのに、ローリエは何かを成し遂げた気になって高揚していた。


(楽しい。私も冒険者になった気分)


 そんなことを思っていると、ついに茂みから狼が飛び出してくる。

 ただの狼ではない。体に炎を纏った魔獣だ。


 血生臭い、獣の匂いが鼻につく。


「大丈夫。ファイアーウルフ、下級クラスの魔獣です」


 ルビリアは余裕たっぷりの口調で言うと、ローリエが恐怖を感じるより先に、ロッドを振って魔法を発動させた。


『セイントジャッジメント!!』


 力強い掛け声ともに、ぱあっと眩い閃光が四方八方に飛び散って、狼たちを一度に突き刺す。


 そう。ローリエは目の前の狼に気を取られていたが、魔獣はローリエたちを囲むように潜んでいたのだ。


 どさ、どさ、と倒れていく魔獣たちを見るのは少し辛かったが、殺らなければこちらが殺られてしまうので、仕方ないことだろう。


「ルビリア様、流石です」

「光魔法というと、治癒魔法を連想する人が多いですが、実は攻撃魔法もあるんですよ」


 褒められて嬉しかったのか、ルビリアは誇らしげに言う。


 クレイユと会話していた時は控え目で、大人びた女性に見えたが、ローリエには友人として接してくれているせいか、今の彼女は少女のように見える。


「私も練習したら、魔法を……使えるようになりますか?」

「適正や魔力量にもよるので、何とも……。今のローリエからは魔力を感じませんが、修行を通じて開花するケースもあります。ですが――」


 ルビリアはにニコッと笑い、ローリエの背後から襲いかかってきた残党に、魔法を喰らわせた。


「ローリエには不要だと思います。だって、クレイユ様にとても愛されているようですもの」


 その後も、ゴブリンと呼ばれる小鬼や、涎を垂らした熊の魔獣が出たが、全てルビリアが光魔法で払ってくれたのだった。


「着きました。今日確認したかったのはあの湖です。少し手伝ってもらえますか?」

「はい」


 歩くこと三十分ほど。ようやく目的地に着いたらしい。

 足は少し痛むが、それよりも、初めての冒険に夢中になっていた。


 ルビリアが何をするつもりなのか、ローリエにはよく分からなかったが、言われた通り、先陣を切って小道を抜け、湖に向かった。


 ところが、開けた空間に出たところで、辺りを照らしていたルビリアの魔法が消滅する。


「ルビリア様……?」


 不安になったローリエが振り返ると、そこに居るはずのルビリアの姿が見当たらなかった。


(これも確認作業の一環なの? それとも魔物にやられてしまった? いや、大聖女様に限ってそんなはず……)


 薄暗い森の中、一人になってしまったローリエは、先程まで気にならなかった獣の咆哮や、がさがさという茂みの音にびくっとする。


(ど、どうしよう。叫んでみる? でもそうしたら、魔物が先にやってきてしまうかも。ルビリア様、早く出てきてください……!)


 ローリエは胸元をぎゅっと掴んで祈るが、ルビリアが姿を現す気配はない。


 代わりに、ぐるるるる、と餓えた獣の唸り声が聞こえてきた。


「あ……」


 茂みに潜む獰猛な目を見つけ、ローリエは震え上がる。

 それはファイアーウルフよりも遥かに大きい、三つ頭の獣だった。


 逃げようにも、足がすくんで動けない。

 逃げたところで、すぐに追いつかれるだろう。


(何もできないくせに冒険者気分に浸っていたから、ばちが当たったんだ)


 獣は鼻を鳴らして匂いを嗅いだ後、ローリエ目掛けて疾駆し、飛びかかってくる。


(ごめんなさい、クレイユ様――)


 柔らかく微笑む美しい人を思い浮かべ、ローリエは食われることを覚悟した。



ꕥ‥∵‥ꕥ ‥∵‥ꕥ



 今日は口煩い兄に邪魔されず、日が沈む前に帰ることができた。


 モントレイ伯を追放する準備は上々だ。

 後は、実行に相応しいタイミングを考えれば良い。


 ウキウキとした気持ちで、北の城に戻り、ローリエの部屋に直行したクレイユだが、そこに彼女はいなかった。


 城内に人気がないことに違和感を抱き、不思議に思って歩き回ると、朝食用のテーブルでルビリアが啜り泣いていた。


「ローリエがいなくなった?」


 ルビリアの涙の理由を聞いて、クレイユはさっと青ざめる。


「部屋はもぬけの殻で、どうやら森に向かったみたいなんです。探知魔法を使っても見つからなくて、今は私と代わってマリアンヌが森に」

「ローリエがいなくなってから、何時間経っている?」

「メイドが気づいてから、既に五時間ほど経っています。ローリエはきっと、もう……」


 普通なら、丸腰の人間が魔物の巣窟に足を踏み入れたら、二度と生きて戻れない。

 ルビリアは、ローリエが死んだと言いたいのだろう。


 けれども、クレイユは信じられなかった。――いや、信じたくなかった。


(森には近づくなと言ったのに、どういうことだ。もしや、のか?)


 クレイユは血相を変え、森へ向かって走り出す。


「クレイユ様!?」


 背後でルビリアが何かを叫んでいたが、ローリエのことで頭がいっぱいなクレイユには届かない。


(ローリエ、いなくならないでくれ。ローリエ!!)


 勇者はあてもなく、森の中をがむしゃらに走った。

 小枝や木の根がクレイユの肌を傷つけるが、そんなことはどうでもいい。


 離れたくない。

 今はあの時の、無力な自分とは違うのだ。


 ローリエと初めて出会い、そして別れた日のことを思い出し、クレイユは唇を強く噛み締めた。

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