第7話 新しいお家
国王から結婚の許しをもらったクレイユは、ローリエを抱えて再び転移魔法を使った。
彼自身が、予め魔法陣を描いておいた場所にしか飛べないらしいが、それにしても便利な魔法だ。
「ここが今日から僕たちが住むお城だよ。お城というより、少し立派なお屋敷といった感じだけど」
そう言って、クレイユは簡単に城内を案内してくれる。
確かに、お城と呼ぶには小さいのかもしれないが、モントレイ伯の屋敷と同じくらい広かった。
ここは王家が所有する古いお城で、魔物が巣喰う北の荒地との境目――つまり、場所としてはモントレイ伯領内に位置する。
長く使われていなかったが、勇者パーティーの拠点として修繕したのだという。
ローリエは最上階の広い踊り場にある、大きな窓から見える景色に目を奪われた。
城を囲む森と、その先に大きな防御壁に囲まれた、レムカの町が一望できる。
窓枠に手をかけて外の空気に触れると、ようやく息が吸えるような心地がした。
「気に入った?」
ぼんやりしていたローリエは、クレイユの声で我に返って振り返る。
「はい。素晴らしい眺めだな、と見惚れてしまいました」
「僕もここから見る景色が好きなんだ。そうだ、ここに机と椅子を置こうか。朝焼けを見ながらとる朝食は最高だと思わない?」
「それは……さぞ素敵でしょうね」
ローリエは想像を膨らませる。
柔らかな日差しの中、鳥の
こんがり焼いて、たっぷりバターを塗ったパンを食べたい。
寒い日には温かいスープか、ミルクがあったら最高だ。
そして、目の前に座る旦那様と、他愛のないことを話して笑い合う。
ローリエは、微笑みかけてくれるクレイユを脳裏に描いて、慌てて妄想を打ち消した。
だって、完璧で美しい勇者様が、ローリエと同じテーブルで食事をとるなんてこと、あり得ない。結婚など、尚更あり得ない。
国民がこのことを知れば、嘆き悲しみ、ローリエの存在を呪うだろう。
「あの……クレイユ様、結婚というのは……」
「ああ、驚いたよね。騙すような形になってしまってごめん。でも、僕は本気なんだ」
クレイユは、もじもじと言葉を紡ぐローリエの手を取り、甲に口づける。
「必ず好きにさせてみせるから」
喉の奥から「ひゅっ」と変な音が出た。
駄目だ。話せば話すほど、どれだけ本気なのかを説かれる気がする。
頭の中は混乱を極めているというのに、彼の甘い言葉に心が疼く。
「ちょぉーーーっと、クレイユ!!」
大きな声が聞こえたと思ったら、クレイユ目掛けて巨体が槍のように飛んできた。
命中すればクレイユは吹き飛んだだろうが、彼はなんてことない顔をしてサッと避ける。
「あなたって本当に乙女心が分からない男ね」
飛び蹴りをした人物は華麗な着地を決めると、仁王立ちして溜め息をつく。
見た目は色っぽい大人の女性だが、野太い声は明らかに男性のものだった。
「彼女はマリアンヌ。パーティーメンバーの一人で、今は住み込みで働いてもらってる」
面食らっているローリエに、クレイユは『彼女』と紹介する。
「ということは、勇者パーティーの方ですか?」
以前見た、号外新聞に描かれていたイラストでは、勇者パーティーは男三人、女二人の構成だった。
ウェーブがかった巻貝のような独特な髪型と、彫りの深いはっきりとした目鼻立ちからして、恐らく大剣使いの女性だ。
「そうよー、よろしくね。クレイユは乙女心なんてさっぱり分からないだろうから、何か困ったことがあったら私に言ってちょうだい」
「怒らせたかったら、マルケスと本名で呼ぶといい」
「クレイユ、あとで一発殴らせてもらうわね」
きっとこの二人は仲が良いのだろう。
冗談めかしたやりとりに、ローリエは思わず微笑む。
その時、マリアンヌと目が合った。
笑ったことを怒られるのかと思いきや、彼女は自身の頰に手を当て、ローリエを労るように言う。
「あなた、モントレイ伯のもとでこれまで大変な目に遭ってきたんですって? 初恋拗らせクソダサ勇者は無視して、ここでは貴女の好きなことをして暮らせば良いのよ」
「ありがとうございます。でも――」
クソダサ勇者? と首を傾げながらも、ローリエは素直に返事をする。
「私……何が好きかも分からないんです」
一瞬の静寂の後、しゅんと俯いたローリエに聞こえたのは興奮に満ちた叫び声だった。
「か……かんんんんわいいいいいい!! 何この子、可愛すぎるわ!! この世の全ての男から私が護ってあげるからね!!」
「おい、止めろ。ローリエは僕の妻なんだから、護るのは僕の役目だ」
二人は何故か、ローリエを巡って言い合いを始める。
「自分でろくに身の回りのことをこなせない、かっこ悪いところを見せて、さっさと離婚されてしまえば良いのよ」
「何だと? お前は手刀で野菜を切るところを見せて、どん引かれればいい」
「私は自分に正直に生きてるの。猫被りのあなたとは違うわ」
「僕は皆の理想を崩さないよう努めているだけだ」
どんどんヒートアップしていく二人に狼狽えたローリエは、勇気を振り絞って口を挟んだ。
「あ……あの! 私はやはり、クレイユ様に釣り合うとは思えませんし、初恋の人でもないと思います」
「いや、君は間違いなく――」
「けれど、既に婚姻が成立してしまっているよなら、本物が現れるまで身代わりを務めます」
落ち着きを取り戻したマリアンヌは、「あの子のペースに合わせてあげなさい」とクレイユを諭す。
クレイユは納得していない様子だったが、最後には諦めたように笑い、「分かった。それでいいよ」と折れたのだった。
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