第6話 結婚宣言

 オルトキアの王都は、モントレイ伯領から馬車で一週間。急ぎ、馬を走らせれば三日で到着する距離にある。

 ところが、ローリエは一時間も経たないうちに、王都にそびえ建つ城の中にいた。


 クレイユが転移魔法を使ったのだ。


(魔法が使える人は、移動まで簡単にこなしてしまうのね)


 実際、単独で転移魔法を使える人間は、この国にはクレイユと大聖女くらいしかいないが、そんなことを知らないローリエは、魔法使いのハードルを上げてしまう。


(それにしても、私が王城内に居ていいのかな)


 着慣れぬピンクのドレスを引きずって、真っ赤な絨毯が敷かれた王城の廊下を歩く。


 白で統一された床と壁、支柱に施されたさり気ない彫刻――。

 金をふんだんに使って、見せびらかすように美術品を飾るモントレイ伯の屋敷よりも上品で、荘厳だ。


 クレイユは城に着いた後もローリエを抱えて歩こうとしたが、居合わせた使用人の視線が痛く、恥ずかしかったので、どうにか止めてもらった。


「クレイユ様、ここは一体……」


 彼が向かった先には大きな鉄の扉があり、その前には見張りが立っている。


 流石に自分は入れないだろうと思ったが、クレイユが見張りの兵士に話をつけると、兵士は何故かローリエに向かって頭を下げた。


「大丈夫。父に挨拶するだけだから」


 一瞬「そうか」と受け入れそうになるが、王子の父親ということは、国王陛下ではないだろうか。


 気づいた時には手遅れ――いや、どの道、ローリエはクレイユに従うしかなかっただろう。


 部屋の奥、ビロードのソファに座っていた初老の男は、グラスに入った酒を一口飲んでクレイユに尋ねる。


「体はもう良いのか」

「はい、この通り全快です。ご心配をおかけしました」


(このお方が現国王、ヨーデル=オルトキア国王陛下……)


 一国の王とは思えぬほど、物腰柔らかく、優しそうな人だった。

 柔らかな印象を与える目元が、クレイユと少し似ているかもしれない。


「ところで、話というのは何だ。嫌な予感しかしないが……」


 項垂れるようにして言う陛下に、クレイユは満面の笑みで答えた。


「嫌な予感だなんて。むしろ、嬉しい知らせですよ」


 そして、クレイユの背後で息を潜めていたローリエの腰をぐいっと引き寄せ、突然の宣言をする。


「オルトキア王国第三王子、クレイユ=オルトキアは、此度、ここに居ります彼女と結婚しました」


 陛下の御前だというのにローリエは「へ?」と呟き、ぽかんと口を開けてしまう。


「……。……結婚、しただと?」


 国王陛下も三度瞬きをした後、言葉を詰まらせながらクレイユに尋ねる。


「ここへ来る前、教会で誓いの儀を行いました」


 確かに王城に来る前、寄りたい場所があると言われて、町外れにある廃墟のような教会を訪れた。


(誓いの儀? 結婚? あれはそういうことだったの!?)


 神官から祝福を受けたが、古い言葉が分からないローリエは、クレイユに言われた通り『これからの人生に幸福が訪れるように、というおまじない』だと思っていた。


 なんということだ。


 王子であり、魔王を討伐した勇者であり、国一番の人気者でもあるこの美しい男と、つい数時間前まで地下牢に入れられていたローリエが結婚するなど、誰が想像できよう。


 ――それも、初恋の人だと勘違いされたままの状態で。


「アルベールが行方をくらまし、頭を痛めていたところにお前まで」


 陛下も大きな溜め息をついた。


 本来なら、王族か高位貴族のご令嬢と結婚すべき息子が、ある日突然、結婚したと言って、どこの馬の骨とも分からない女を連れてきたのだ。


 溜め息の一つや二つ、ついて当然だろう。


 ついでに考え直すように言ってほしかったが、陛下は諦めてしまったらしい。


「まぁ、良いだろう。お前は昔から、言い出したら聞かない頑固な子だった」


 ローリエが「えっ!?」と思っているうちに話は進む。


「それでは、僕は彼女と北の離宮に移ります。魔物の残党処理をするにも丁度良い場所なので」

「……約束だったからな。仕方あるまい」

「弟たちがいなくても、一番上の兄なら上手くやるでしょう」

「ところで、彼女はどこの子だ? まさか攫ってきたわけではあるまいな」


 この時、初めて陛下と目が合った。

 どう振舞って良いのか分からず、ローリエはその場で硬直する。

 

「モントレイ伯の養女ですよ。合意の上です」


(合意の上……?)


 合意よりも、強引という言葉が相応しい気がするが、ローリエは何も言えなかった。


「ローリエ、紹介しよう。僕の父であり、オルトキア国王でもある、ヨーデル=オルトキアだ」

「お、お初にお目にかかります。ローリエと申します。こうした場には不慣れなもので、無礼をお赦しください」


 正しい作法か分からないが、モントレイ伯の屋敷で伯や姉の婿にしてきたように、身を屈めて挨拶する。


「そう気張らず、楽にしてくれ。どうせ何も知らされず、強引に連れてこられたのだろう。愚息が迷惑をかける」


 陛下は「私もこの通り、人前に立つ姿ではない」と、ガウン姿であることを示した。


「王子としてより、勇者として育てられたために、少しおかしなところはあるが、根は優しい子だ。きっとお嬢さんを大事にするだろう」

「クレイユ様は素晴らしいお方です。私はモントレイ伯の養女といっても使用人同然でしたし、とても私などが結婚して良いお相手では……」


 ローリエの不安を包み込むように、国王は微笑んだ。


「クレイユの希望で魔王討伐を条件に、廃嫡を約束していたんだ。結婚は君たちの自由だ」


 国一番の権力者なのに、表情も言葉も穏やかで温かい。本当に心優しい人なのだろう。


「浮いた話を全く聞かないので逆に心配だったが、お前が生涯を共にしたいと思える伴侶を見つけられたのなら良かったよ」


 そうクレイユに語りかける国王は、息子の幸せを喜ぶ父親の顔をしていた。

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