0008・昼食と午後の愚か者




 荷車屋に荷車を預け、ミクは宿に戻る。カウンターに居るオッサンに銅貨5枚を渡して昼食を注文すると、空いている席に移動して座った。女性冒険者と相席になったが特に気にしていない様である。


 相席になった冒険者も特に気にしてはいない。気にしているのは人外の美貌だ。ミクを見たまま停止しているが、ミクもこれが普通の反応だと今は理解している。つまり、反応が違っていた受付嬢とオッサンは怪しい。そういう結論になる。


 その事はその事として、横に置いておく事にしたミクは、早く昼食が来ないかと待っていた。とにかく食べる事に関しては執着のあるミクだけに、普通の食事でも楽しみなのだ。今日は朝食とモグラ一匹と血しか飲んでいないので余計にだろう。


 運ばれてきた昼食を食べ始めると、周りから物凄くジロジロ見られ始めた。ミクもオッサンから聞いていた、お上品に食べる事が原因だと何となく分かっていた為、視線を全てスルーして食事を楽しむ。


 そんな中、無粋な奴が現れるのは必然だったのかもしれない。



 「おうおう、テメエなかなか良い女じゃねえか! オレ様が使ってやるからちょっとこ「何やってやがる」っちに……って何だテメエ!!」


 「ウチのお客さんに対して何やってやがるっつってんだよ。今すぐ止めねえと放り出すぞ」


 「ああ? オッサン、オレ様を誰だと思ってやがる! ランク5のガイズったあ、オレ様の事だぞ!! 引っ込んでろ!!」


 「はぁ……相変わらず、こういうバカは居なくならねえなあ。ヒヨッコ、そこら辺で止めとけ。下らん事をしていると死ぬぞ」


 「おいおいおいおい。随分いい度胸してるじゃねえか、オッサンよう。マジでキレそうだから、止めとけや」


 「ランク5が本当かどうかは知らんが、その程度でイキがるな。これで最後だ、止めておけ」


 「このクソが!! 今すぐ死ね……え?」



 ガイズという男が右手で殴りかかったが、その拳がオッサンを襲う前に綺麗に投げられていた。投げられた本人が、投げられた事を認識出来ない程の技の冴え。流石は<閃光のガルディアス>だと言えるだろう。



 「オレはランク5だぞ! ……って言っておきながら、投げられるとか、ダッサ。そもそもだけどよ、お前を投げた人はランク14の<閃光のガルディアス>さんだぞ。頭が悪過ぎるんじゃねえか、コイツ?」


 「そもそもガイズなんて名前聞いた事ねえからな、どうせ適当ホザいているだけだろ。ここは<魔境>の近くだ、それなりに実力者も来る。ソロでやってるならランク5でも名前を聞く筈だが、全く聞いた事の無い奴だしな」


 「この辺りでもソロ討伐出来るのはフォレストベアが限界か? とはいえそれが出来る奴なら、名前は絶対に聞く筈だしな。フォレストベアも強いからなあ……。立ち上がったら3メートル越えの熊だ。ソロなら逃げるね」


 「ソロじゃ難しいのも仕方ないわよ。アレの爪は一撃で致命傷になりかねないし。しかも魔力を篭めてくる個体もいるから、鉄の鎧でも危険な事があるのよねー」



 オッサンに外へ放り捨てられた雑魚はともかくとして、オッサンの名前と二つ名を聞いたミクは、警戒度を上げたのは正しかったと納得した。


 とはいえ警戒度を上げただけであり、危険視はしていない。何故なら何時でも食べられる程度だからだ。



 (<閃光のガルディアス>ねえ……。強さで肉の美味しさが変わるなら良いんだけど、特に変わらない感じだし。迂闊に手を出して神に文句を言われるのも面倒だから、ここは流しておこうっと。食べても良い奴じゃ無さそうだしね)



 そう思いミクはガルディアスを保留にした。未だ怪物の食欲から逃げられない、悲しいオッサンが<閃光>である。


 昼食を食べ終わり宿を出たミクは、預けていた荷車を受け取って牽きながら町の外へと出る。【気配察知】を使っているのだが、後方にガイズとかいう男の反応があった。どうやら諦めの悪い男らしい。とはいえミクには好都合である。


 町からそれなりに離れた所にある林へと入り、獣道から奥に進んで行くミク。それを慌てて追いかける男。林という視認性の悪い場所に入ったからだろう、嬉々としてミクの後を追いかけている。【気配察知】を使わなくても分かる程だ。


 ある程度入ったところにある少々開けた場所で、ミクは獲物を待っていた。そこに走って行くガイズという名の肉。実に憐憫れんびんを誘う光景である。



 「おお! わざわざオレ様を待つなんて、なかなか利口な女じゃねえか。テメエの潔さに免じて気持ちよくしてやるぜ?」


 「何を言っているのか分からないけど、こちらが待ち構えている時点で理解できないなんてね。どうやら本当に頭が悪いみたい」


 「は~あ? テメエ如きトーシロがオレ様に勝てると思ってんのかよ! オレ様はな、テメエが登録した時にギルドに居たんだぞ!」


 「ふ~ん。それで?」


 「テメエ、マジで殺されてえらしいな。まあいい、殺した後にたっぷり犯してやるよ」



 そう言ってガイズは剣を抜く。その瞬間、ミクの掌から骨が射出され、ガイズの右太腿を突き抜けた。回転して飛翔した骨は、当然の如くガイズの太腿の筋肉と骨を巻き込んで貫通し、その一撃で右足は使用不能となる。



 「ギャァァァーーーッ!?!?!! ……ガッ、クッソ! テメエ、何しやがった!!」


 「わざわざ説明してやるバカは居ない。そして、自分は殺されないとでも思っているつもり?」


 「……オ、オレ様を殺したら人殺しだぞ! 賞金首として追いかけ回される事になる! それでもいいってのか!!」


 「そもそもだけど、そっちから襲ってきてる。なので殺しても正当防衛という事にしかならない。だから何の問題も無いんだよね。そんな事も理解してないの?」


 「グッ! クッソ………」



 ミクはメイスを右手に持ちゆっくりと近付く。ガイズという男は観念したかのように下を向いている。ミクが攻撃範囲に立ち振りかぶった直後、男は突然動き出した。



 「【火炎弾フレイムバレット】!! ギャハハハハハハ! テメエとは場数が違うんだよ! こんな事は一度や二度じゃね……え?」


 「こんなチャチな魔法は私には効かない。とはいえ、服が少し焦げた。だからお前はゆっくり喰う」



 そう言ったミクは左手を熊の頭部に変化させ、男の右腕を喰い千切った。いきなり右腕を喰い千切られた男は呆然とした後、激痛でのた打ち回る。当然ながら理解不能であり、頭の中はパニック状態だ。



 「グギィッ! オレの、オレの右腕が!! グゾ、チグジョオ、何でごんな……。そ、その腕は、その腕はいったい何なんだよ!?」


 「これ? 少し前に食べたフォレストベアを真似たもの。私は<喰らう者>。人間種ではないし、この美しい姿なのは、お前の様なバカを誘って喰らう為。つまり、お前は私に喰われる肉でしかない」


 「クソッタレの化けも」



 まだ口を開こうとしていたが、そんな事に構うミクではない。首から上を喰い千切り、咀嚼して飲み込んだら裸に剥く。左手を再び熊の頭部に変えて食べながら、バカの持っていた物を物色する。すると、何かの筒を発見した。


 妙に細い円筒形の筒で、金属で出来ている。正しくは黄銅だ。見てもよく分からないミクは、食べ終わった左手を元に戻し開けてみる。横に回してから引っ張ると簡単に開き、中には紙が入っていた。


 それを開いて読むと、代官から盗賊への命令が書かれている。盗賊とは<死壊のグード>の事であり、ミクが殲滅した盗賊の事だ。


 これは面倒な事になったと、思わず天を仰ぐミクであった。

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