第17話 酒造の月 ③
川村信一の頼みを受けた翌朝、三田村香織と藤田涼介は「港町酒造」に足を運んだ。薄曇りの空の下、重厚な木造の建物は威厳を放っているように見えた。二人は門をくぐり、蔵の奥へと進んだ。
「ここが発酵タンクのある部屋です。」
信一の案内で、香織と涼介は酒造りの心臓部へと通された。部屋には大きなタンクが並び、独特の酵母の香りが漂っている。涼介は顔を近づけ、深く息を吸い込んだ。
「確かに何かが違う…」
涼介はそう呟き、タンクの周囲を注意深く観察し始めた。一方、香織は信一に質問を投げかけた。
「この部屋には誰が出入りしているんですか?」
「基本的には、私と数名の信頼できるスタッフだけです。しかし、最近は新作発表に向けて外部の専門家も何人か出入りしていました。」
信一の言葉に、香織はメモを取りながら頷いた。
「その外部の専門家たちについて、詳しく教えていただけますか?」
信一は少し考え込みながら答えた。
「まずは酒造りのコンサルタントである山田さんです。彼は非常に経験豊富で信頼しています。それから、菌の管理を担当する化学者の佐々木さん、マーケティング戦略を助けてくれる松井さんもいました。」
香織はそれぞれの名前をメモに書き留めた。
「わかりました。次にその方々へのインタビューを始めたいと思います。」
香織と涼介は、山田のオフィスを訪れた。山田は初老の男性で、眼鏡の奥から鋭い目が光っている。彼は二人を見て軽く微笑んだ。
「どうも。何かお手伝いできることがあれば、何でも聞いてください。」
香織は微笑み返しながら、本題に入った。
「山田さん、発酵タンクの管理に関して何か異常は感じませんでしたか?」
山田はしばらく考えた後、静かに答えた。
「特に変わったことはなかったと思います。ただ、一度だけ、タンクの温度が少し上がったことがありました。でも、それはすぐに対処しました。」
涼介はその言葉に反応した。
「その時、何か特別なことがあったのですか?」
山田は首を横に振った。
「いいえ、特に。ただ、温度が上がった原因がよく分からなかったんです。設備は正常でしたから。」
次に二人は佐々木の研究室を訪れた。彼は若い科学者で、白衣を着て実験器具に囲まれていた。涼介は興味深そうに部屋を見回した。
「佐々木さん、菌の管理について伺いたいのですが、何か異常はありませんでしたか?」
佐々木は実験を中断し、真剣な表情で二人に向き直った。
「実は、一度だけ酵母のサンプルに異常が見られました。でも、それもすぐに解決しました。原因は分からないままでしたが。」
香織は眉をひそめた。
「その異常が起きた時期と、タンクの温度が上がった時期は一致しますか?」
佐々木は少し考えた後、頷いた。
「そうですね、確かに同じ頃だったと思います。」
最後に二人は松井のオフィスを訪れた。彼はビジネスマン風の中年男性で、デスクには大量の書類が積まれていた。彼は二人を見ると、すぐに資料を片付け始めた。
「すみません、少し散らかっていて。何をお探しですか?」
香織は丁寧に尋ねた。
「松井さん、最近のマーケティング戦略について教えていただけますか?」
松井は少し戸惑いながら答えた。
「もちろんです。新作発表に向けて、いろいろな宣伝活動を行っていました。ただ、最近は何かと忙しくて、細かいところまでは見れていませんでした。」
涼介はその言葉に疑問を感じた。
「何か異常なことに気づかなかったですか?」
松井はしばらく考えたが、特に思い当たることはないようだった。
「いいえ、特にありませんでした。ただ、忙しさのあまり見落としていることがあったかもしれません。」
香織と涼介は、三人の証言を元に新たな手がかりを探し始めた。発酵タンクの温度上昇と酵母の異常、そして松井の忙しさが示す何かが、事件の鍵を握っているに違いない。
「何かが見えてきたわね。」
香織は涼介にそう言いながら、次のステップへと進む決意を固めた。
「うん、まだ見えない部分が多いけど、必ず真相にたどり着くはずだ。」
こうして、二人は港町酒造の奥深くに隠された真実を求め、さらなる調査を続けていくのだった。
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