第14話 人魚に転職する天女伝説

 喧嘩腰の男子が抜けたおかげで、風鳴かざなり学院との話し合いはスムーズに終わった。


 戦える防人さきもりが固まっていても、ムダだ。

 それゆえ、明日の朝食をとったら、数人のグループに分かれて情報収集。

 ランチタイムにロッジ竜宮りゅうぐうへ戻り、共有する。


 こっちはともかく、風鳴は地元だ。

 意図的に情報を隠して、自分たちの手柄にしたがるかもしれんが……。


(それで犠牲者が出ても、知らん!)


 うちと揉めたら、その時はその時。


 今は、夕飯の時間が迫っていて、日が暮れてきた頃。

 山の麓だから、すぐに日が落ちる。


 一応、ここの目玉である沼――天女伝説の湖――の外周を歩いてきた。


 ロッジの管理人が手入れをしているようで、目立つゴミはない。

 雑草の処理は、村の共同作業か?

 貴重な観光資源だし。


 オレンジ色の光が消えていき、沼の水面も暗い。

 あの世に通じているような不気味さ。


 一周した俺は、大きな石碑の前にいる。


 天女伝説の……。


“かつて、村はこの湖に住み着いた水龍に苦しめられていました”


“ある日、村の祈りを聞き届けた天女が舞い降り、その水龍を退治したのです”


“羽衣を隠した村の若い男と恋仲になった天女はそのまま住み着き、数人の子供を儲けたと言われています”


“ところが、その幸せは長く続きませんでした”


“村の水源がなくなり、雨も降らない……。飢饉に陥ったことで、村の一員にして母親だった天女は決断を下すことに”


“「私の身を捧げます。どうか、村に恵みを」”


“天女が入水すると、新たに水が湧き、雨が降るようになりました”


“子供たちは嘆き悲しみ、村中がその死を悼みました”


“ところが、天女は死んでおらず、美しい人魚となっていたのです”


“「私は、ずっと村を見守ります」”


“驚きつつも喜んだ村人は、彼女の子供たちを中心に人魚を祀り、現在に至ります”


 その後に、考察する文章も。


 昔の防人が荒神を退治して、そのまま移住したのでしょう。

 水龍とありますが、近隣の文献にも残っておらず、真相は不明です。


 柳ヶ淵りゅうがぶち村が水不足だったのは事実で、この沼も溜め池の1つ。


(天女とあるが、昔の防人だろう。そいつが、村の連中に何かされた?)


 石碑と向き合ったまま、腕を組む。


「ダメだ! 分からん!」


「そうですか……。あなたには、少し期待していたのですが」


 背後から、聞いた覚えのある女子の声。


 腕を下ろしつつ、振り返る。


 クラスで委員長をやっていそうな、文系の美少女だ。


「えっと……」

「風鳴学院の久世くぜです。高等部3年ですが、敬語はいりません」


 会釈した久世果歩かほは、ザッザッと歩き、俺の横で石碑を見る。


「……人魚、ね」


 どこか馬鹿にしたような声音で、沼のほうを見る果歩。


 物思いに耽っている彼女に話しかける。


「人魚といえば、不老不死……。まだ、沼の中にいるのか?」


「どうでしょう? 潜ってみないと、分かりません」


 視線の先には、村役場の名前で “この沼で泳ぐ、潜ることを禁ず!” という看板。


 ロッジ竜宮の窓からの光が、目立ってきた。


 俺たちの影も、暗闇に溶け込む。


 海のような青色が、眼鏡の奥から見ている。


「あなたは……どうして田村たむらさんが怪しいと?」


「この沼について、何も言わなかったからだ」


「え?」


 果歩が初めて、年相応の声を出した。


 暗やみに立つ俺は、話を続ける。


「この村でほぼ唯一の、外へアピールできる観光資源だ。ロッジの部屋から眺められる……。管理人が宣伝しないのは、不自然だ」


「……なるほど」


「そろそろ、戻ろう! あの男子は?」


 足音と気配で、横に果歩がいることが分かる。


水島みずしまなら、こっちの男子部屋にいます。……ところで、あなたは女子と同じ部屋にいたと思いますが」


 暗闇でも、ジト目だと感じる。


「連絡ミスか、1部屋だけ! 俺は管理人に頼んで、適当な空き部屋に泊まる気だったけどな?」


「そうですか……」


「風鳴の犠牲者は?」


 しばしの沈黙。


 足音だけが響き、やがて果歩の声。


「女子3人です……。一度ではなく、過去に行われた荒神退治で定期的に」


「よく来たな?」


「うちのメンツがかかっていますから……。それに、先輩や家族もいるのです」


「……悪い」


「いえ、こちらこそ……。なので、ウチとしても今回は本気です」


 ロッジの勝手口についた。


 立ち止まった果歩が、振り向く。


「私はこれで……。失礼します」


「ああ、また明日」


 勝手口から続く廊下を歩き去った、果歩。


 俺の背後から視線を感じて、警戒しつつ、一気に振り向けば――


「何してたの?」


 琥珀こはく色の瞳。


 ジト目の西園寺さいおんじ睦実むつみがいた。


 人魚になった天女よりも怖い。


「ここの伝説を刻んだ石碑を見ていたんだよ」


「ふーん? もう夕飯だから! 駿矢しゅんやが来ないと食べられない!」

「悪い」


 睦実に腕を引っ張られつつ、打ち合わせをしたリビングダイニングを目指す。


 歩きながら、睦実に尋ねる。


「なあ? お前、いつから?」


「……石碑の前で、ボーッと立っていた時から」


 すると、久世果歩は、睦実もいたから俺を襲わなかった?


「どうにも、ヤバい場所だ」

「ボク、最初から言っているよ?」

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