第11話 ガチ勢とエンジョイ勢の温度差

 氷室ひむろ駿矢しゅんや佐木霜さぎしも村の食堂で情報収集をしていた頃。


 柳ヶ淵りゅうがぶち村を目指して連なるワンボックスの先頭車両に、彼と同じ東京国武こくぶ高等学校の制服を着た女子2人がいる。


 スマホを触った西園寺さいおんじ睦実むつみは、ふうっと息を吐く。


 隣に座っている2年の風紀委員、相良さがら音々ねねを見る。


「先輩? 駿矢は、現地で合流するって」


 ジト目だ。


 笑顔のままで冷や汗を流した音々は、明るい声で応じる。


「そ、そう! 単独行動は危険だから、早く3人にならないと――」

「何々? 男の名前~? 同じ高校生の奴なんか、つまんねーって!」


 同乗している男の1人が、ねっとりと絡んだ。


「ハ、ハハハ……」


 乾いた笑いになる音々。


 睦実は、ますます不機嫌に。


 車内を見回せば、男女が交じっているものの、明らかに年上ばかり。

 どこかの大学のサークルらしい。


 女子高生2人が誘拐されているような構図は、音々の一言で始まった。


 最寄り駅に到着したものの、地元の防人さきもりである風鳴かざなり学院の男女もいたのだ。

 東京からの横槍ということで、険悪な雰囲気に。


 防人用に迎えの車はあったものの、音々の判断でそこにいた目的地が同じグループに同乗させてもらったら――


 ご覧の有様である!


 ナンパしてきた大学生のみならず、もう1人も参戦する。


「そーそー! 俺たちも柳ヶ淵に滞在するから。今のうちに、連絡先を交換しておかね?」


 スマホを手に迫る男子に、音々は睦実のほうを見る。


 けれど、彼女はそちらを見ない。


(ひーん! 頼りになる先輩とアピールする予定だったのに!)


 人当たりのいい音々は、声をかけやすいようだ。

 ナンパ野郎の声が止まない。


 慌てた彼女が、話題を変える。


「そ、そういえば! 柳ヶ淵には、天女伝説がありましたよね?」


「おー! あったな……。つか、天女より君のほうが可愛いぜ?」

「防人なら、刀あるよね? あとで見せてくれない?」


(ダメだぁあああっ!)


 涙目の音々。


 それを見たナンパ野郎は、ますます調子に乗る――


「いい加減にしてくれない? 防人の権限で、ここの県警を呼んでもいいんだけど?」


 睦実の声が、車内に響いた。


 束の間の静寂。


 白けた空気が流れるも、ナンパ野郎の1人がすぐにフォローする。


「き、厳しいねー! 無視されて寂しかったとか?」


 また、沈黙。


(もう嫌ぁあああああっ!)


 音々の心の中は、忙しい。


 恋のキュンキュンではなく、胃痛がしそうだ。

 女子高生なのに。


 仕方なく、もう1人のナンパ野郎が取り成す。


「て、天女伝説と言えば、雨を降らしたか、新しく水源を作ったらしいぜ?」


「ふーん?」


 睦実が興味を持ったので、無視されたナンパ野郎も負けじと言う。


「どうも、昔の防人らしくてよ? その女が湖に住み着いた悪い水龍を倒して、村に残ったんだと!」


「ネットだと、沼はあっても湖はないよ?」


 気をよくしたナンパ野郎は、笑顔で答える。


「湖が沼になったんじゃね? 知らんけど」


「そんなところだろうね……。ありがとう」


「別に、いいって!」


 会話が途切れたが、今度は焦らない空気に。


(ありがとぉおおおおっ!)


 音々は心の中で感謝するも、睦実はやはり見ない。


(こっちを見てぇええええっ!)



 ◇



(さっきから、相良先輩の視線が強い……)


 考え事をしている西園寺睦実は、そちらを気にする余裕がない。


(十中八九、昔の防人が祟っていると思うけど)


 柳ヶ淵村の意向が、どうにも見えない。

 それに、風鳴学院は過去に生徒を送り込み、数人が行方不明のはず。


 今回やってきたのは、何としてでも解明する姿勢だ。

 最後尾の車には、精鋭が乗っているに違いない。


 走っている車の窓には、一面の緑。


 不整地で、ガタガタと揺れるシート。


(ナンパしていた男子2人は、空気を読んだか)


 気難しい睦実を刺激しないよう、村に到着するまでは放置。


 それを利用して、彼女は考える。


(昔の防人を殺したか……。いや、手籠めにしたかも?)


 羽衣伝説は、天女の羽衣を隠し、帰れずに困った女を何度も孕ませる。

 百姓の男と指定しているため、おそらく身分差。


 よく考えれば、ひどい話である。


 村だけで完結していた昔は、夜這いが当たり前。

 娘に男が来ないと嘆いた父親を見て、男たちが夜這いしたぐらいだ。


(それをした理由は? 防人に手を出すのは、かなりのリスクだと思うけど)


 不意をついての奇襲。

 一撃で仕留めなければ、逆に全滅だ。


 車内で話す大学生たちを眺めた睦実は、ワンダーフォーゲル部と名乗ったこいつらも怪しいと思う。


(タイミングが良すぎるんだよねえ……。偶然かもしれないけどさ?)


 しかし、フッと笑う。


 怪異と超常的なパワーがある現代社会で名推理を披露しても、意味がない。


 いざとなれば――


(駿矢を襲った部隊の時と同じく、敵を倒すだけだよ)


 睦実1人で、それが可能だ。

 村ぐらい、半日もかからない。


 今考えても、堂々巡りだ。


 そう思った睦実は、相変わらずの視線に悩む。


(相良先輩、いつまでこっちを見ているんだろ?)

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