第二章 最も殺人密度が高い山奥

第10話 村社会では水源のために人が死ぬ

 村の中で決め、片付けていた時代。

 古めかしい古民家が、ポツポツと立ち並ぶ。


 同じく古いデザインの着物による女子が、立っていた。


 かろうじて湖と呼べるぐらいの水面だ。


 片手の延長線には、上からの日差しを受けて輝く金属。


「くっ!」


 少女は、水面に立っていた。


 滑るように移動しつつ、いきなり出現した水柱へと、その刀で斬りかかる。


「たぁああああっ!」


 濡らすことが厳禁の刀身は、別の水に包まれていた。


 振り抜きによる水流が、姿を現した水龍によるブレスとぶつかり合う。


 昔の防人さきもりだ。

 よく見れば、遠巻きに見守っている村人と比べて、立派な装束。

 年貢で搾り取られる百姓に、ツギハギのない服はあり得ない。


 超常的に授かる御刀おかたなは錆びず、折れず、曲がらず。

 少なくとも、同格以上の武器でなければ……。


 彼女の刀剣解放は、水を生み出し、さらに操るようだ。

 

 その湖にいた水龍は、自身の半分もない小娘によって滅ぼされた。


 けれど、激闘を繰り広げた少女も、傷だらけ。


 片手で持ち上げた刀を振り下ろして、血振り。


「はあっ……。はあっ……」


 肩を上下するも、最後の力を振り絞り、地面へ戻った。


 歓声を上げながら、取り囲む村人。


 長老である村長が、歩み出た。


「ありがとうございました……。本当は、水龍さまにもご理解いただきたかったのですが」


「いえ……」


 湖のほうを向いて、村長が説明する。


「この村では、水源が枯れましてな? 水龍さまのお力で、何とか田畑を維持していたものの……」


 釣られて、水面を見る少女。


「その水龍が生贄いけにえを求めてきたと?」


「はい……。ひとまず、村の危機は去りましたの」


「私は、これで――」

「いえいえ! 今晩は泊まっていってください。夜道は危険です」


「ご心配なく……。旅に慣れていますから」

「そうおっしゃらず! あなたも、そろそろ1つの場所に落ち着きたいとは思いませんか? 余所者は、しょせん余所者! 今のあなたには分からないでしょうが、いつまでも若く、健康とはいきませぬ」


 困惑した少女は、ギリギリの戦いの直後で頭が回らない。


 村長は、反論しない少女にアピールする。


「この村には、若い男が多いですよ? どいつも働き者で、あなたに選ばれれば喜んで夫になるでしょう。本当は掟破りですが、もう意中の女がいましてもワシが通しますぞ? まあ、若い連中は全員が夜這いすると思いますが」


「そういうことは求めていないので! 失礼しま――」


 フラついた村長が倒れそうになり、傍に立っていた少女が空いていた片手で支える。


 風を切る音と、硬い物がぶつかる音。



 ◇



 俺は一足先に、荒神退治の依頼が出ている柳ヶ淵りゅうがぶち村の隣にある、佐木霜さぎしも村にいた。


 村で唯一の食堂に集まっている地元民。


 家庭料理としか言いようがないメシを食いながら、話し合う。


「ふーん? お隣さんとは仲が悪いんだ?」


 古びたテーブルを挟み、向かいに座っているオッサンが頷く。


「んだ! 昔っから、水源を巡ってな?」


 昼から酒を飲んでいる連中も、それに同意する。


「あっちが上流だから、すんげー偉そうで」

「今は、水道だけどよ」

「つっても、あいつらとは顔も合わせんわ!」


「そういえば、柳ヶ淵に天女伝説があると聞いたが?」


「あるには、あるぞ?」

「銀山で働いていた男どもと、相手をしていた芸者を始末したっていわくつきだけどな?」

「でっかい沼には人魚だしなあ……」


「伝説で人を呼ぶにしても、盛りすぎじゃね!?」


 俺の感想に、集まっていた面々が一斉に頷いた。


「んだ」

「東京の人でも、そう思うかー!」

「あんたも大変だな? わざわざ、あいつらのために……」


 その時に、昼食を口に運んでいた駐在が、口を開く。


「柳ヶ淵は、これまで地元の防人さんが来たんですけどね……。どうも、行方不明になっているらしくて」


「は!? それ、大事になるんじゃ……」


 制服の駐在は、俺の顔を見たあとで、頷いた。


「昔はあっちも担当していたけど、今はこの村だけですわ! どうやら、ヤバいことがあったらしくて……。今じゃ、通報がない限りは、足を踏み入れません」


「何があっても、村ぐるみで隠されたら不明だと?」


 言いにくそうな駐在が、首肯した。


「はい……。上が敬遠していて、私みたいな下っ端じゃ、どうにも」


 現代日本で、そんな場所があるんだな。


 変な部分に感心していたら、ブロロと車の音。


 解放されたままの土道があるほうを見ると、この山奥に不釣り合いなワンボックスが2台、その後から男女の高校生が乗っている車が1台。


「何だ?」


 俺の独白に、地元民が答える。


「柳ヶ淵で探検をするんだろ!」

「そんなに、怖いものを見たいんかねえ?」


「隣には、ホラー好きな観光客が来るんだよ。一度にあれだけは、珍しいけど」


 俺のスマホが鳴り、よく聞いた声で苦情を言われた。


「あい! すぐ合流する」


 スマホを仕舞い、残った料理をかき込んだ。


「じゃ、俺も化け物退治に行きますかね!」

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