最後に食べるなら
「次は大手町です」
この前は夢の中で聞いたフレーズと声が、生身の私が乗る東京メトロの車内に響き渡る。
ここは東京都最大の地下鉄ターミナルである大手町。といっても大手町周辺のオフィスや乗り換えとして利用している人間以外にはあまり馴染みはないかと思う。大手町駅に蜘蛛の巣の如く広がる地下通路をすこし行くと、すぐにJRの東京駅にたどり着く。なので真下までとは言わないが、イメージとしては東京駅の下に名前が異なる「地下鉄の東京駅」がある、というべきだろうか。
すこし「山手線の内側」の方に進めば皇居が広がり、今は外国人観光客も大幅に増えて一層賑やかさが増している東京駅、大手町駅周辺。
ここいらの飲食店では英語は勿論の事、多国語を話せることが、働く上でとてもアドバンテージになるのであろう。私は最後の晩餐(仮)をするお店の中に入り注文をしながらそう考えていた。
私の家庭は裕福というわけではない。逆に言えばとりわけ貧困に困っている、というわけでもなかった。ただ両親の教育方針により、大人になるまで外食はほとんどしてこなかった。今思えば余計な散財をしない分ありがたいと思う。ただ慣れていないせいで、この歳になっても「おいそれ」と自らお金を払って外食をするということ自体の頻度が少ない。なので「良い意味で」交際費も含め外食代は同世代の人よりは少ないと感じる。ただ弊害として、いざこういう時に「外で美味しいものを食べる!」というモードになかなかなれずに少し困る、という事があったりなかったり。この日こそ「最後の晩餐(仮)」なのだから、思いっきり良いものを食べればよいのだが、思いっきりの贅沢の仕方が分らないというか…。
ところで、最後の晩餐(仮)はステーキにした。私は全ての食べ物の中でお寿司が一番好きなのだが、最近はライトに食べれるようになってきて割と身近になってきた。勿論「良いトコ」に食べに行けば良いのかもしれないが、この日に限れば緊張して美味しく食べれるか分らなかった。ステーキも同じではあるが、ランチ帯の1500円前後のステーキセットくらいなら私でも気兼ねなく、美味しいものを美味しく食べれるかもと考え、いわゆる「肉バル」のランチセットを食す事にした。
オーダーをとる店員のお姉さんがとても丁寧かつテキパキしていて妙にしっくりくる。周りにはおそらく東京観光をしに来ている外国人グループもいれば、オフィスで働くOLやサラリーマンの姿もある。おそらく25席程度のさほど広くはない店内に色々な人間模様が展開されている。そしてこのお店の真上には、緑のオーテモリが広がっているのだ。ビルは大手町タワーとも呼ばれていてその地下にあるレストラン街のような所にあるレストランで最後の…というかずーっと「晩餐」で脳内再生されているが、そもそも「晩餐」は夕食に限るのては?と、誰にも知られずに済んだ自らの凡ミスを少し恥じながら、私はステーキセットを待った。
先出しでわかめスープ、その後150グラムの牛肉ステーキとライスが運ばれてきた。スープも含め1500円ほどである。今思えばステーキなんぞを食すのはいつぐらいぶりだろうか。
目を瞑って牛肉を噛みしめる。
「気取り過ぎずに食べられる良いランチステーキが一番美味しいんだから」と今風な言い回しを独り言として呟きながら、私は最後のステーキ(仮)をペロリとたいらげた。
食後、私は普段通りのオーテモリに向かった。夢の中で見るオーテモリとはやはり違った。それは緑の量も勿論そうであるし、オフィス街特有のザワザワとした空気も若干漂っているところもそうだ。
それでも、この「森」があるのと無いのでは、人々にもたらすモノが明らかに違うのだろうとも思う。時より風に「ふわっ」と吹かれて香る緑と土の匂いが私を包み込み、都会では普段感じられない「安らぎ」を感じれた時、とてもそう思った。
現在午後3時。奈緒とケイゴとは結局このあと午後5時くらいに合流することになっている。何故か少しざわざわした。理由は私にも分からない。
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