ブラックホール

職場に着くと奈緒とケイゴの姿は無かった。「無敵状態」でいた事で、すっかり全てを無いことのようにしていたが、そういえば二人とは某YouTuberに一緒に会いに行った以来、顔を合わせていない。


「若手とはいえ、こうも連日で二人いないと流石に馬力不足だな」

勤務中、その様な声が上司や先輩の口からちらほらと聞こえてくる。そんな時、私は何の毛無しに奈緒のデスクを横目に見た。そこには以前「毛並み」の3人で遊んだときに一緒に撮った、笑顔一杯の自撮り写真が飾られている。それを目にした瞬間、急に全身の血の気が引くような気がした。

呼吸が上手くできない…。同性の上司に体調がすぐれないと報告し、過呼吸に耐えながらトイレの個室へ駆け込んだ。今思えば私は毎回こうだ。毎回のように人を突っぱねては後悔し、突っぱねては後悔する。自分が解き放った言葉が相手を傷つけていないだろうか。私の言葉遣いが不器用だから。と、「時間の無限浪費ループ」にハマる事も珍しくはない。


最近私自身について気付いた事がある。前述もしているが、私はおそらく「人間関係」が嫌いなだけ。そしてきっと「人間」のことを嫌いなわけではない。勿論人間に対して嫌だなと思う時は沢山ある。だがそれと同じくらい、またはそれ以上に嬉しくなったり満たされたり、と幸福を感じることがあるのも事実だ。一方人間「関係」においてそのマイナス分を取り返すような、プラスに変えるような出来事には遭遇したことはないし、今後も無いであろうと思っている節があるようなのだ。


「二人はどうしてるんだろう…」

深呼吸を何度も繰り返し、気持ちを落ち着かせて仕事に戻る。残業などもなく、その日の自分の仕事を何とかこなし終えて帰宅した。疲れているし早く寝てしまおう。そしたら二人に会えるかもしれない。シャワーを浴びてメイクをササッと落とし、私はベッドに直行した。


昨日とは打って変わって「二人の事」しか考えずに目をつむり、入眠の時を待つ。周りを静寂が包む。ざわざわと風の音がする。目を開けると一杯に広がる緑と自然が支配するオーテモリ…が見えてくるはずだった。場所はオーテモリではあるが、なぜか想像よりも少ない緑の中に、たくさんの人がいる。出店の様な物がチラホラと見え、賑やかさはまるでお祭りそのものだ。そしてその中に奈緒とケイゴの姿もあった。何だか嫌な予感がする…。


と、突然の轟音と共に周辺の地面に大きな1つの穴が空き、いわゆるブラックホールのようなものが突如として出現した。それは立っていた木々やそこにいた人々、更にはオーテモリのオフィス・商業ビルをも飲み込もうとしている。そして私自身も例外ではなかった。離れた位置から「傍観」していたはずなのに、体が重力に引っ張られどうすることも出来ない。あっという間にそこにあったもの全てが飲み込まれていく。スカイダイビングさながらの落下速度によって呼吸が妨げられる。それに伴う酸欠が原因であろう意識障害が私を襲う中、以前の夢で聞こえた「助けて」が耳からではなく、頭の中に直接語りかけてきた。その声は何度も何度も脳内に響き渡る。


ーどれくらい落ちたのだろうかー


「いてててて…」

そう言って頭を押さえながら起き上がると、目の前には、先程私がイメージしていた通りの「自然が支配するオーテモリ」が広がっていた。周辺のビルが廃墟のように冷たくそびえ立ち、そこには蔦が纏わりつく。それはまさにSF映画である「人類が滅亡した後の地球」を描くワンシーンそのものだ。

既視感…。いや違う。それは確実に脳内に焼き付いている、過去に見た夢の中の光景と同じであった。


既視感とは「以前に見たはずが無いのに、いつか既に見ていると感じること」である。一度体験しているのであるなら、そもそも既視感にはならない。夢での体験を夢の中で繰り返す事は既視感の意味と相反することになるのか。でも「夢」という不確かな概念の中で実際に見た、見ていないという脳内議論自体が不毛であり…と私はそこに「座り」つくしながら考え込み、至極「どうでも良い事」を一人で考え込みながら「セルフ大混乱」をしていた。


しばらくして脳内回路が限界を迎え「ふぅ」と1つ息をついた時、その夢の記憶とは明らかに異なる状況に置かれている事に気づく。それは私と一緒に奈緒とケイゴが緑の上に投げ出され、座りつくす私の両隣で倒れている事だった。


何かが動き出していることは明白で漠然と怖い。私はお腹の上に両方の手のひらを下向きに重ねて置き、自らの気をしっかりと高めてから、2人の呼吸と無事を確認した。

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