楽園
ふと目を覚ますと、私は東京メトロの車内にポツンと座っていた。鉄道の知識をあまり持ち合わせていない私には、これがどの路線を走行している車両なのかは正直分らない。だが聞き覚えのある「無機質だが何処か安心する、通勤時に毎朝聞いている自動音声」が、次の駅と乗換案内を淡々とアナウンスしている。しばらくすると「太陽光」を私の視覚が察知し、ふと窓の外に目をやった。そこには見たこともない光景が広がっていた。
生い茂る木々の隙間から差す優しい太陽光。線路と平行して流れる小川には沢山の生物が顔を覗かせ、モンシロチョウなどの蝶類や沢山のトンボ達が生き生きと空中を「お散歩」している。また、ゆっくり走る鉄道内から見ても川底が透けて見えるほど澄んだ小川には、色鮮やかな模様をしたヤマメやイワナであろう山奥に生息するような、都会では見ることのない渓流魚の姿も散見される。
「自然の楽園だ…」
そんな言葉を反射的に私は口にした。その光景に身を委ねるがまま、しばらく酔いしれていると先程より「気持ち」大きな音量で自動音声が流れる。
「次は大手町です」
私は知らぬ間に大手町に向かってる。いや、違う…恐らくは大手町にある「オーテモリ」に。
ここで私はすんなりと翌朝を迎えた。あんなに無気力で無機質な気持ちに身を任せ、独りでおおよそ「ふて寝」ほどの眠りについたとは思えないくらいのスッキリとした目覚めである。その呆気なさに驚きながらも「なんて素敵な夢だったんだろう」と、また小さく呟いた。ツチノコを調べ初めてから見た夢の中においては「ダントツ」で良い夢だったことに違いなく、何故か少し「幸福感」にも似た感情が湧いてくるのが分かった。
私は今回の光景に関してハッキリと「夢」であった、と心底思っている。おどろおどろしく「首が飛ぶ」という狂気を目にした時とはまるで違う「ふわふわ」した気持ちや感情が私を包み、更にそれがいつも感じている「夢が夢と分かった後に少しだけ寂しくなる感覚」を伴ってもいたからだ。
睡眠時における夢と、理想の究極という意味の夢(将来の夢、夢の暮らし等)との違い。そんな切り口から「ツチノコ達」は私に何かしらのメッセージ…果てはSOSを求めている気がしてならないし、迎える睡眠毎=夢毎にその思いは確信に少しずつ近づいていく。
久しぶりに(とはいっても4日ぶりくらいだが)日常的な朝を迎えて出社準備をする。今の銀行に入社してから私は、イチ社会人として1日の気持ちの準備を毎朝の日課としてきた。学生時とは違う「組織」に属しているという自覚。同僚や上司、更には取引先やお客様に対して失礼の無いように振る舞う心構え。窮屈では有ったがそれが人間として大人になるということなんだ、という気持ちを必死に持って。
しかし一連の出来事により、今までの人生で抑制してきた負の感情が溢れ出し、今の私は明らかに「良くない」方向で開き直っている。それは人間「関係」嫌いの私が、周りへ向けていたアンテナを閉じたという実感のもと、上記のマインドで出社準備をしている時よりも今は何十倍も楽しく歯を磨き、朝食を取り、シャツを身にまとえていることからも明らかだった。
解き放たれた。キャパオーバー。人間関係。
開き直った。無敵の人。コミュ障。
そんな言葉達が重なるとき、人間は社会性や協調性が減衰、減退してしまうのではないか。そしてその先にあるのはコミュニティからの脱退であり、孤立や孤独に繋がる。うろ覚えだが、いつか見たニュースでそう話していたコメンテーターの発言に自分を重ねながら、私はすこし伸びてきた爪でシャツのボタンを不器用に留め、朝の支度を進めた。
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