もう戻れない
「もどった…の?」
どこまでが夢で、どこからが現実かの境界線が分からなくなっていた。職場の上司にはそれとなく体調不良を伝え、一生懸命に深呼吸を繰り返す。小さい頃から何か慌てたり、気持ちを落ち着かせなければいけない時は決まって「深呼吸をしなさい」と親に言われてきたが、この年になって「深呼吸の大切さ」を肌で感じる。
深く息を吸いゆっくりはいた後、フィルターに通した水道水を口にしながら私は呟く。
「二人は何処にいるんだろう」
そう思いケイゴと奈緒のスマホに電話をかけたが、いっこうに繋がる事はない。
「二人とも無事?」
慌ててメッセージを投げるが1時間程経っても既読にはならない。
「こんな事って」
二人の安否が分らない中で何も手につかず、時間だけが過ぎた。
3時間ほど経っただろうか。
いきなりスマホの着信音が鳴る。
「美鈴!?」
声の主は奈緒だった。
「奈緒…」
私は聞き慣れた声を聞いた瞬間、嗚咽するほどに泣いた。あんなに怖いところに置いてきた友人の声である。奈緒が生きてるだけで私の中のエネルギーが沸き立つのが分かった。あまり意識したことは無かったが、私は独りで生きているという事は決して無いようだ。
「ケイゴは!?」
奈緒は私に問いかけたが、私は答えようがなく沈黙するしか無かった。
「私も何が起きているのか分らないの。もしかしたら奈緒のほうが知ってるんじゃないかなって。どう??」
それを聞いて奈緒は少し言葉に詰まった。そしてこう話はじめた。「実は…美鈴と連絡が取れなくなってから、私とケイゴは合流することが出来たの。考えていた通りに電車も動いていたし、矛盾しているようだけど人も全くいなかった。動いている電車の運転席には誰もいないし、駅にも道にも人っ子一人いなかった。でもね改札に入るのにお金は払わないといけなかったの。ICカードをかざさないで改札に入ろうとすると、ちゃんと警告音が鳴ってバーが閉まったんだ。二人とも荷物にICカードが入っていたから通れたんだけどね。だから多分コンビニとかでもタッチ決済とかなら普通に買物ができるんだと思う。だからほぼいつもの世界と変わらないんじゃないかなって。ただ無人なだけって感じだった」
興奮気味ではあったが、ちゃんとした説明力で起きたことを奈緒はしっかり伝えてくれた。そして自分もおそらくそこに居たからこその納得があった。
「だからこそね、ケイゴが心配で。あんな不気味で単調な世界に一人で居たら気が狂…」
と、ここまで奈緒が口にしたところで、二人のスマホに通知が入った。
「夢、見た?!」
ケイゴからだった。私と奈緒はゆっくり抱き合ってから、東京ツチノコミステリーの通話を立ち上げる。
「夢じゃない」
もう恐らく私達3人は元の平凡な暮らしには戻れない。私は覚悟を決め、この体験と異次元での活動に全力で向き合うことを決めた。
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