3-2.

「え~こんなにお若いのに?」


「そうそう、石崎さんはやり手のコンサルさんだから」


「いえいえ、そんな大したことはしてないですよ」


「すごーい」


「コンサルってどんなお仕事されてるんですか?」


 薄暗い店内の照明でも煌びやかに照り返すワンピースを纏った女たちが、猫なで声で大袈裟なリアクションを取ってみせる。


 ぴったりとした身体のラインを見せつけるように、計算された所作で酒を作り、見え透いた甘い眼差しで男を見つめ、わかりやすいボディタッチで酔わせていく。商売としての女の見せ方がよくわかっている彼女達は、どんなつまらない話も気持ちよく聞いてくれる。


 それに勘違いをして悦に入る男の、なんと多いことか。


「神宮さんと一緒のお客様って、みんな良い人で私達も飲んでてすごく楽しい」


「えー、そう? ルナちゃんがそう言ってくれるなんてすごく嬉しいな」


 でれでれとだらしなく鼻の下を伸ばした神宮が、ちょっと太めの女にもたれかかって話している。


 酒の席だ。接待の席だ。場の空気を読んで適切な態度を取ることは簡単だ。


 とはいえ、ああいう姿は見ていて気持ちがいいものではないし、そうはなりたくないとも思う。


「石崎さん、おかわりお作りしますね」


「ありがとう。楽しくてつい飲みすぎてしまうね」


「お仕事大変なんですよね? こういう時くらい、羽目を外して楽しんでいってくださいね」


 精巧なマネキンのように整えられた肌と顔のパーツたち。この薄暗がりだからまだ見れるが、明るい場所に出たら化け物のように見えるのだろう。幻想はいつだって幻想で、この小さな箱の中にしかないものだ。


 ちょっと前まではキャバクラ遊びも好きだったが、今となってはそれほど魅力を感じない。こんなところに使う金があるなら、迷えるパパ活女子たちに払った方が随分楽しめる。


「えー今日はもう帰っちゃうんですか?」


「また今度ゆっくり来るから。ね?」


 名残惜しそうに別れの挨拶を交わしている。


 適当に相槌を打ちながら酒を飲んでいる内に時間になり、解放されることに少しホッとしていた。自らの本音はしっかり隠しながら、男の虚栄心や承認欲求をしっかり満たしていく彼女達の、その腹の底を考えると途端につまらなくなったのだ。


「さ、石崎さん。次は風俗に行きましょう」


「神宮さん、飲みすぎてませんか? 無理は禁物ですよ」


「なんのこれしきの酒で。石崎さんは心配性ですな。さ、こっちにいい店がありますから」


 神宮に促されるままに着いたのはチェーンの風俗店だった。一晩でキャバクラも風俗もしっかり遊ぶとは、この神宮という男は実年齢にそぐわず若いままなのかもしれない。


「これは神宮様。お待ちしておりました。アミちゃん今空いてますよ」


 ここでも顔見知りのようだ。


「お連れ様はどのような女の子をご要望で?」


「石崎さん、ここの女の子はどの子もレベル高いですから安心してください」


「はは、神宮さんの言葉を信じますよ。では、お兄さんが可愛いと思う子でお願いします」


「かしこまりました。ではちょうど今セリナちゃんが空いてるので、この子でいかがですか? うちで人気の子なんです」


「ええ、それで構いませんよ」


「では準備して参りますので少々お待ちください」


 そうして安っぽいラグジュアリーな空間に取り残された。


「石崎さん、セリナちゃん、当たりですよ。おっぱいが大きくて感度もいいですから、きっと楽しめますよ」


「はは、ありがとうございます」


「では神宮様、こちらへ」


「ではお先に」


「はい、どうぞ」


「石崎様、こちらへ」


 早々に呼ばれて席を立つ。さっきのキャバクラとは違った薄暗い中を進み、こじんまりとした一室に通された。


「シェリナでしゅ。よろしゅくお願いしゅましゅ」


 舌足らずというのか。サ行の発音が怪しいらしい。こういう女をわかりやすく可愛いと思う男の浅はかさに辟易する。そしてそれでいいと思っているこの女の浅ましさにも。


「よろしくね」


 当たり障りのない仕事の話をしながら身を清め、ベッドへと身体を沈めた。


 どこでも誰とでもなんとでもなるような、どうでもいい中身のまったくない会話。ここは会話よりもその身体を使うことが目的なのだから、仕方ないのかもしれない。


「あん、気持ちいい」


 一発で演技と分かる喘ぎ声。それでも瑞々しく、若い女の肌に反応してしまうのは、人間としての本能か、太古からの動物性か。


 だらしない服の着方。だらしない身体。だらしない会話。だが、性欲を満たすための必要最低限を備えただらしなさ。


「ああ、いいよ」


 舞台役者を盛り上げるのは、いつだってオーディエンスのレスポンスだ。徐々に高まっていく演技のボルテージに合わせ、それが嘘だと分かっていても否応なしに自分の欲も高まっていく。


「あん、いい、いいの」


 俺の腹上で腰をくねらせる女の体温を感じたり、たわわに揺れる柔らかな白い胸を揉んでいるうちに、限界を突破した欲が解き放たれて果てた。


 事が終わると、吐き出した欲望はどこか事務的に処理される。そのあっけなさや、虚無感のようなものをしみじみと感じながら、手早く着替えを済ませ店をあとにした。


 神宮を待つつもりはなかった。


 夜の顔しか持たない街の、生温い風が妙に馴れ馴れしくて、俺は路上へ唾を吐いた。

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