3-1.
昔から飽き性だった。一つのことを成し遂げたことなんてほとんどない。途中で飽きてどうでもよくなって、目新しい別の何かに心奪われる。
次から次へと興味の移る、好奇心旺盛な子供だった。……と言えば聞こえはいいが、楽しみの頭打ちが見えて絶望し、そこから逃れるためならなんでもする。そんな子供だった。
隣家の友人が野球をすれば野球を覚えた。努力して上達する体験も悪くなかった。だが自分たちの実力よりはるかに上手い子供に出会うとつまらなくなった。どれだけ努力してもその子供に勝つ未来が見えなくなったからだ。
バレンタインデーのお返しに、母に教わりながらクッキーを焼いた。女の子たちは喜んでくれて、お菓子を作るのも悪くないと思った。元来器用なたちなのでそれなりに作ることができた。どの女の子も喜んでくれたが、ある時の調理実習で自分なんかよりもはるかに手際よく美味そうにホットケーキを作る同級生の男を見てから、お菓子作りは諦めた。自分のやっていることなど、やはり取るに足らないものだと気づいたからだ。
それからはありとあらゆることについて、そんなふうになった。勉強も運動も、芸術も創作も、仕事も女も。
誰かの感動、誰かの追体験、誰かの焼き直し。そんなものが見える度に絶望して興味を失う。しがみつく意味がなくなる。ここに居る意味を見出せなくなる。
それなのにまた別のことへ目を向けたくなる。それがいつかの繰り返しで、徐々に劣化していく人生になったとしても。
「だからぁ、あたし毎日つまんなくてぇ」
不意に現実に引き戻された。
若い素肌を隠すように、べったりと化粧を施した頬を摺り寄せ、媚びて来る自称女子大生。特段可愛くもないが、ブスという訳でもない。パパ活アプリの女の子なんてこんなもんかと思いつつ、その素人くささに新鮮味を覚えた。
「毎日つまんないのに、こうして生きててえらいね」
上っ面の優しい言葉をかけ、そっと髪を撫でてやると、わざとらしいくらい大袈裟に喜んで見せる女の子。
「石崎さんって、すごくやさしい。他のパパと大違い。マナぁ、好きになっちゃいそう」
誰にでも言っているような、妙に口馴染みの良い言葉を吐き、うっとりするような表情で俺を見ていた。
だがその瞳の奥には、少しでも良い金ヅルを逃すまいという野心や打算に溢れギラついていた。
「マナちゃんは可愛いから、そんなこと言ったら男は本気になっちゃうよ。もっと自分を大切にしなくちゃダメだからね」
幼い子供を諭すように言い、彼女から身を剥した。
「石崎さんって本当にマナのことぉ、考えてくれる人なんだ。うれしい」
ハッとしたような顔を一瞬見せたのち、身を引いていく彼女は可愛い子羊の皮を被った、立派なハンターだと思った。
「食べ終わったし、そろそろ出よっか? 今度は食事に誘ってもいいかな?」
いくらかピークを過ぎたカフェの騒音を聞きながら、俺は至って紳士的に彼女に言った。
「また石崎さんと会えるなんてぇうれしいな。絶対誘ってね」
甘えた顔で上目遣いに俺を見る彼女。女という生き物はいつだって、何歳であったって、自分の武器というものをよくわかっている生き物だと、つくづく思う。
「もちろんだよ。楽しい時間をありがとうね」
小さな封筒をそっと彼女に握らせる。その瞬間だけ、彼女の顔が輝き、また元の仮面に戻る。
「全然、石崎さんだったらいつでも大歓迎だよ。もしぃ、他に女の子知り合いたかったら言ってね。マナ、こう見えて顔が広いから、石崎さんのためならなんだってできちゃうから」
悪戯っぽく笑って見せる彼女の言葉に、俺は曖昧に微笑み頷いた。
「じゃあ、また連絡するね」
「待ってるぅ」
簡単な挨拶で別れ、反対方向の道へ行く。彼女はその足で、別のパパの元へ赴くのだろう。
彼女たちの持つ若さは有限だ。それを切り売りすることでしか満たせないと思っている彼女達は、とても純粋だ。汚泥にまみれていく崇高な女神像のような純粋性と神聖性。
彼女達のくだらない話を聞き、笑顔で相槌を打ち、飲食代を払いさえすれば、その一端に俺も触れることができる。なんという安上がりな暇つぶしだろう。
商売女のような計算高さや駆け引きの上手さよりも、もっと生っぽい感覚にそそるものがある。
金のかからない、いいシュミを見つけた。
スマホに溜まった仕事のメールに返信しながら、いつもの景色がほんのり色づいていくのを感じた。
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