3-3.
「それで今日もレポートがめんどくさくってぇ」
「この前の嫌いだって言ってた教授の?」
「そうそう~。やりたくないよぉ」
彼女はどうでもよさそうに呟き、面倒くさそうに甘ったるいチョコフラペチーノをすすった。
色々な女の子たちと話しているが、どの子も似たり寄ったりの悩みともいえない悩みを吐き、愚痴をこぼし、不平不満を口にしていた。一見して真逆のタイプだとしても、彼女達の年齢というべきか、世代には共通の意識があるように思えるほど同じことを話していた。
「あーあ、石崎さんみたいになんでもわかってくれる大人ばっかりだったらよかったのになぁ」
「そう言ってくれるのはマナちゃんだけだよ」
「マナ、ホントにそう思ってるんだからね。パパの中にだって、石崎さんみたいな人はそうそういないんだからぁ」
「はは、ありがとう」
水っぽくて香りのしないコーヒーを口に運びながら俺は笑った。そんな言葉で俺が喜ぶと思っている彼女が面白かった。他のパパたちがどうだか知らないが、俺クラスの男をそんなペラペラの言葉と若さで転がせると思っている軽薄さがたまらなくおかしかった。
「マナちゃんは可愛いから、そんなこと言うと本気にするパパさんたちがいるんじゃないの?」
「ちゃんといいなと思った人にしか言わないもん。マナぁ、こう見えてしっかりしてるから」
すりすりと甘えるように身体を近づけて来る。その媚びた様子は、どこか商売女のにおいを感じさせた。
「マナぁ、最近彼氏と別れて寂しいんだけどぉ、石崎さんだったらその先まで行っても、いいよ?」
「そう思ってくれてありがとうね。でもそんなこと、軽々しく言っちゃダメだよ」
「ほんとにそう思ってるのにぃ」
胸や唇を近づけはするものの、どこか最後の一歩を踏み込まないところに、女の打算的な本質が見えて一気に萎えてしまった。
「今日はこの辺にしとこっか。いつもよりお小遣い多めにしてあげるからね」
「そうやってはぐらかすんだからぁ。ほんとに、石崎さんなら全然いいし、他のこともできるからなんでも言ってよね」
量産型の飽き飽きするようなどうでもいい話を聞いて、オシャレに見えるだけで中身のないカフェで時間を潰すのが面白かったのに、そろそろ潮時か。彼女達の小さな頭に、何も入っていない様をありありと感じるのが面白かったのに、その先へ進もうとする女の子のなんと多いことか。
優しくすれば付け上がる。甘い顔をすれば調子に乗る。言うことを聞いてあげれば要求がエスカレートする。かと言って説教なんてしようものなら、二度目はない。
表面的なところだけを楽しめればよかったのに、彼女達の欲深さはとどまることを知らない。
『石崎さん、ねえ、なんで連絡くれないの? 嫌いになっちゃった?』
通知を切っているDMのフォルダには未読のメッセージが数分おきに入っている。メンヘラ化した女の子たちからの熱烈なアピールが昼夜問わず届き続けていた。
それをそのまま消去する。こんなものを俺が見ようと見まいと、彼女達にとってなんの違いもない。ただ送って満足しているだけなのだから。ほとぼりが冷めれば、別の対象に向かって同じことをするだけだ。
「いやあ、娘が何を考えているのか、まったくわからんですよ。年頃の娘というのは、我々にとってまさに未知の生物です。小さい頃はあんなに可愛かったのに」
家族の話を社員に向ければ、こんな言葉が当たり前に返って来る。
「そういえば砂川さんのお子さんも、ちょうど高校生くらいでしょう?」
「はぁ、そうですね」
「思春期のお子さんでは色々と大変でしょう。こんな話も身近にあるくらいですし」
「いや、家庭のことは全て家内に任せてありますので」
「そうは言っても、奥様だけでは色々限界があると思いますよ。ご家族、というチームじゃありませんか」
「やはり男親というのは、ここぞという時だけガツンと言うものだと思いますので。それ以外の細々としたところは……」
「はぁ、そうですか。……それじゃあ、娘さんが家出するのも頷けますね」
お互いの狭くて小さな取るに足らない世界でだけ完結している人間同士では、やはり相容れないのだ。若かろうと、歳を重ねていようと、そういうふうにしか世界を見ない人間はたくさんいるのだから。
「私は砂川さんを責めようだなんて、これっぽっちも思ってないですよ。思春期の娘は本当に大変らしいですし、ましてや砂川さんは会社でも大きな仕事を任される立場にいますから、その心の疲れはいかほどだろうか、とお察しします」
どうせ彼女達の言葉を代弁してあげたところで、理解できない人間なのだ。
「わかり、ました。お心遣い、感謝します」
怒りを滲ませつつもすごすごと引き下がる部下を見ていると、そういう人間関係においてはこうした権力とは便利なものだと痛感する。彼女達には一切通用しないが。
「失礼します。コーヒーをお淹れしたのでお持ちしました」
「ああ、ありがとう」
営業スマイルを向けると、おずおずとコーヒーを差し出す女性社員。まだ若い、というかどこか田舎くささを感じる小娘といった風情だ。それにしても、このご時世にお茶汲みをやらせているなんて、時代錯誤もいいところだ。
「こんなこと、しなくてもいいんだからね」
「あ、はい。ありがとうございます」
いくらかホッとした顔を見せ、ぺこりと音がしそうな一礼をすると下がっていった。
いかにもインスタントな味のするコーヒーは、このつまらなさを助長するようだった。
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