第7話 本音

 妻が落ち着きを取り戻すと、私はまず灯油がしみ込んでいた妻の服を着替えさせた。


 妻が寝室に着替えに行っている間、私は部屋をどこから片づけるものかと頭を悩ませた。

 

 書類や本にかかっていた灯油はもうしみ込んでしまっていてどうしようもなかった。


 家具や床を雑巾で拭いてみたが、灯油のにおいが取れなかった。


 部屋の片づけはとりあえず諦めることにした。


今日はなんとしても妻に話を聞いてみようと思った。



 妻が死にたいと口にするのは今に始まったことではないが、今回のような具体的な行動を起こしたのは初めてだった。


 風呂に入り寝室のベッドに腰掛(か)けている妻に向かって、私は少し前から考えていたことを口にした。



「ねぇ、君はさ、いつも殺してっていうけれど、それが本当に私にして欲しいことなのかい?ほんとうは別にやって欲しいことがあるんじゃないのかい?」



 そう言って妻を見ると、妻は膝の上でこぶしをかたく握りしめ、目を見開いていた。


 二、三度息を吸い、口を開きかけたことがあったが、言葉が出ないようだった。


しかし、なにかを言おうとしていることは何となくわかった。


 私は妻をせかさずに、コーヒーをいれて妻の気を落ち着けようとした。


私がコーヒーの入ったマグカップを持ってくると、妻はカップを受け取って一口飲み、再び何か言おうとして口をまごつかせたが、なかなか言葉は出てこなかった。


 しばらくしてようやく妻は小さい声でこうつぶやいた。



「ピアノを買ってほしい」



 妻はそれだけ言うと口をつぐんで、コーヒーのカップに口をつけた。


 私は妻の心の底にある願いを確かに聞いた、と思った。



「……うん、わかった。買おう」



 私がそう言うと妻はカップを机に置き、目に涙を浮かべて私の顔を見た。


私は妻の頭をゆっくりと抱いた。


 私の目にもうっすらと涙がにじんていた。

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