第5話 親孝行
妻が仕事を休んで一年がたち、妻の母の一周忌がやってきた。
私は妻に法事に行くのかたずねたが、妻は首を横にふった。
「大切なお母さんの法事じゃないか。無理にとはいわないけど、せめて墓参りくらいは行ったほうがいいんじゃないか」
すると妻はふたたび首を横にふった。
「あんな人、大切でもなんでもないわ。あの人にふりまわされて人生めちゃくちゃよ」
妻が母をそんなふうに言うので私は呆気(あっけ)にとられた。
「そりゃあ、たしかに献金とかいろいろあったけど……」
「それだけじゃないわ。もっと昔からあの人は私にいろいろ押しつけてきたのよ」
私は妻に詳しく話を聞くことにした。
妻は話を続けた。
「わたしは母のせいで薬剤師になったの。
収入もいいし、安泰だって思ったんでしょうね。
ピアノの習い事も勉強に集中しなさいってやめさせられたし、高校も大学もここに行きなさいって言われて、従わないと家を追い出すって脅された。
いまにして思えば、追い出された方がましだったかもしれないわね。
離婚して一人になった母を支えなきゃいけないって、ずっと我慢してきた。
大好きだったピアノも売った。
でも母がわたしにくれたのは借金だけ。
なにもかも嫌になったわ。
墓参りなんかいきたくない」
そう語る妻はもう涙も流さず、うつろな顔でどこか遠くを見つめていた。
次の日、私が仕事を終えて帰ってくると、妻は早々とベッドの中で寝ていた。
私はシャワーを浴びようと風呂の扉をあけた。
すると、床に切られた髪の毛が散らばっていた。
あわてて寝室に行き妻のようすを確認すると、肩までのばしていた髪が無造作に切らり刻まれていた。
思わず髪に触れようとすると、妻が口をひらいた。
「ねぇ」
「わたしを殺して」
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