第4話 眠れぬ夜

 妻の母の葬儀が終わりしばらくたった頃、妻がテーブルに銀行の通帳をおき忘れたことがあった。


 なんとなく中をみると、毎月10万ちかくが消費者金融に振り込まれていた。


 私はかなり驚いた。


妻が私に隠してそんなに物を買ったり、ギャンブルにつぎこんでいるようには思えなかった。


 私は心配して妻にたずねてみた。


すると思いもよらない答えがかえってきた。



「母が病気になる前に新興宗教に入信していて、数百万ちかく献金していたの。


当然母の貯金だけではすまなくて、消費者金融にお金を借りていたわ。


内緒にしていてごめんなさい。わたし、あなたに迷惑をかけたくなかったの」



 妻はそう語ったあと、大粒の涙をぽろぽろ流して泣いた。



「ひとりで抱えこんだら、一緒になった意味がないじゃないか」



 私は妻の肩をやさしく抱いた。


妻はいっそう激しくわんわんと泣いた。



 次の日、妻は熱を出した。


 体温が39℃まで上がった。


私は心身ともに疲れきっている妻を放ってはおけず、会社を休んで妻の看病をした。


 三日後、妻は熱が下がったが、布団からいっさい出てこなくなった。


私は仕事をずっと休んでもいられないので、仕方なく妻を放って会社へ行った。


帰ってきても妻はずっと寝ていて、夕飯もとろうとしなかった。


 キッチンに使った食器がおいてあったので、私が仕事に行っているあいだに食事はとっているらしかった。



 その後も妻は仕事に行こうとはせず、休みを取り続けて二週間あまりが過ぎた。


そんなある朝、目を覚ますと、隣で妻が目を真っ赤に充血させて壁にもたれかかっていた。


どうしたのかと思い妻にたずねると、



「眠れないの。寝ようとして横になるんだけど、胸のあたりがむかむかして横になっていられないの」



という答えが返ってきた。


 その日は休みだったので妻のようすを見ていた。


妻は昼すぎにやっと気絶するように眠った。



 その後も妻の眠れない日々が続いた。


妻は夜は眠るのを諦めてリビングでぼうっと過ごし、昼に3時間程度の短い睡眠をとる生活リズムになった。


 妻の顔色は日に日に悪くなった。


 仕事も休み続けて一か月になった。


 私は妻を心療内科に連れていくことにした。


 医者の診断はこうだった。


 「うつのはじまりでしょう。睡眠をとれるようになれば自然に回復するかもしれません。睡眠薬をだしておきます。二週間後にまた来てください」


 その夜、妻は言われたとおりに睡眠薬を飲んだ。


私が朝目覚めると、妻は布団でぐうぐう眠っていた。


私はひと安心した。


 睡眠薬を飲みはじめてから、妻は夜はいつもどおり眠れるようになった。


しかし、こんどはまた一日中眠るようになった。


 朝起きてごはんを食べたら寝て、昼起きてごはんを食べたら寝て、夜は睡眠薬を飲んで寝る、という生活を繰り返した。


 妻はもはや会社に出勤できる状態ではなかった。


二週間後に再び病院に行って診断書を書いてもらい、妻は休職した。

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