第2話 購入者

……俺を買ったのは、一億を出したあの男。

白髪のなんというか、年配の男。とても優しい雰囲気だが、購入主は購入主。こちらは発言が許されていないうえ、頭も負傷している。

まともに歩くのも辛い。視界は歪んでいるし、今にも倒れそうだ。


「…君が。」


そう言って、こちらを静かに見つめる男。

しかし、今までの奴らと違い、不思議と不快感は無い。


「私は“アル・レーン”これから君の親になる人間、かな。」


アル・レーンと名乗る男に、無言で礼を返し、跪く。


「おっと、そんなに固くならなくていいんだよ。」

「………」


俺達奴隷が言葉を言う権利は認められていない。話していいと言われたときだけだ。

そうしないと殴られるから、今までそうしてきた。


「ともかく、君は今から私のだ。よろしくね。」


柔らかく笑う彼は、本当に優しそうだ。

しかし、規則は規則、発言をして、殴られたり蹴られたりしたら溜まったもんじゃない。(発言をしなくても怪我をさせられる可能性はあり)


「そうそう、君を奴隷として扱う気はないから、自由に発言してもらって構わないよ。」

「…恐縮です。お構いなく。」


ーーーーーーーーーーーーーーー


私はアル

今は奴隷市で気になった奴隷を購入し、話をしているところだ。…しかし。


「…恐縮です。お構いなく。」


この子はずっと私を警戒している。これでは本心で話してはもらえないだろう。どうするべきだろうか。


「…あぁ、そうだ。君の名前はあるかい?」

「…私に名前はございません。」


名前がないと答えた。大方予想通りだ。何度か奴隷をみたことがあるが、皆名前はないと言っていた。そういうものなのだろう。


「そうか。じゃぁ私がつけてあげよう。」

「…え。」


そんな素っ頓狂な声を上げて顔を上に向ける。すると、前髪がふわりと浮き、目がしっかりと見えた。その瞳はまるでラピスラズリのような深く美しい青色だった。…しかし、右目には黒い布が。


「…おや?その…眼帯かな?それはどうしたんだい?」 

「これは…魔力暴走を防ぐための物です。魔力のコントロールが出来ないので貼っております。」


……なるほど。取り敢えず名前は瞳のきれいな青から取ろう。


「そうだね…。………“ラピス・ローズ”。これからこの名を名乗るといい。気にいらなかったら、自分で考えてもいいけどね。」


数秒驚きの眼差しで私を見つめる幼い彼。

その後、ハッとして口を開く。


「…ありがとうございます…!」

「喜んでくれたならよかった。さて、今から私の屋敷に行くわけだがいいかな?」

「…はい!」


そうして私達は屋敷に向かうため、車に乗り込むのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「…ラピス・ローズ…」


乗り込んだ車の中でその名前を呟く。誰にも聞こえないように。


「…そんなに気に入ってくれたのかい?」

「?!……失礼いたしました。」


聞こえていたのか…。恥ずかしい。

それにしてもこの男、何者なのだろう。ただの奴隷に一億をパッと出せる男、なんて。

今までのオークションに出ていた貴族や富豪の顔はなんとなく覚えているが、初めて見る顔だ。


「いやいや、気に入ってくれたならよかったよ。どうせなら敬語も外して、自由に話すといいよ。」

「…いえ、そういうわけにはいきませんので。」


このアルとか言う男が俺を買った目的を知るまで警戒を解く気はない。


「そうかい。それは残念だ。……そろそろ着くよ。」


そう言うと、大きな屋敷が見えてきた。あそこだろうか。屋敷は壁が白いレンガのようになっていて、屋根がオレンジのような赤のような色をしている。


「まずは…そうだな、ラピスは医務室に行くといい、怪我や病気があるかもしれないからね。」


頭の傷は隠していたのだが、あまり意味がなかったな。……というか、このアルという男、もしかして頭の傷に関しては気づいてる…のか?


「リウ、この子を医務室に案内してあげt…」

「主様から離れろぉぉ!」


あるの言葉を遮って聞こえる怒号。俺は反射的に飛び退く。俺の立っていたところには小さなクレーターができていた。

そしてそのクレーターの中心には赤い髪をなびかせ、鋭い視線を俺に送っている人物が立っている。


「お前は何者だ?主様に危害は加えさせn…」

「こら!リラ!その子はさっき主様が購入なさった奴隷の子よ!」 


小さいとは言えクレーターを作るって、どんな力だよ…。さっきの車の運転をしていた同じく赤髪の女。

俺はゆっくり警戒しながら歩いて二人に近づき礼をする。


「あ、えっとこちらこそ、ごめんなさい。」

「……」

「さっきも言ったけど、自由に話してていいんだよ。ラピス。」


アルから言質もとったし、話すか。


「私はラピス・ローズの名をいただきました。身分は紹介の通り奴隷です。」

「あ、え、えっと私は…!」

わたくしはリウ・ソールアと申します。アル様の側近として仕えております。」


赤い髪の女の言葉を遮って自己紹介をしたのは、リウと名乗るさっきまで運転をしていた女だ。


「ちょ、ちょっと姉さま!遮らないd…」

「良いから早く名乗りなさい。」


なんというか、仲が良いことは伝わってくる。

姉様と言っていることから姉妹なのだろう。


「…わたくしはリラ・ソールア。リウ姉様の妹であり、アル様の使用人をさせていただいております。」

「リウ、ラピスを医務室に案内してあげてくれ。手当もお願いね。」


…バレてたようだ。


「承知いたしました。ラピス様、こちらに。」


そう言われたので、残り2人に礼をして無言でついて行く。


「ラピス様。私には遠慮なさらずどうぞ。」

「…いえ、お構いなく。」


しばらく無言で歩き続ける。本当に広い屋敷だ。その割に使用人を見ないのはなぜだ…?

そんな疑問を持ちつつ歩いているとリウが足を止める。


「こちらです。どうぞ。」


リウは扉を開け、中の椅子に座るように俺に示し、救急箱を持ってくる。

すると手際よく頭の傷を消毒、包帯を巻き始める。すぐに巻き終わり、俺に質問をする。


「痛みはありませんか?」

「…大丈夫です。」

「他の場所にも痛みや怪我、異常はありますか?」

「いえ、大丈夫です。」


簡潔に返し、立ち上がる。


「…では、アル様のもとに戻りましょうか。」

「はい。わかりました。」


こうして、新しい日常が始まるのだった。

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